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2020.02.10
「森から 木を 伐り出す」山主・山長商店 榎本長治氏 〜The Flats Woods Kiba Story2〜

『The Flats Woods Kiba Story』は竹中工務店の木造建築『フラッツ ウッズ 木場』ができあがるまでを巡る物語です。

フラッツ ウッズ 木場』は、竹中工務店の木造建築技術を多く採用した次世代のコーポレートレジデンスです。都市に“人に優しい” 中高層木造建築を建てることで、木をめぐる社会問題を解決する足がかりとすることを目指しました。適材適所に木材を使うハイブリッド構造は新時代の木造建築。木という自然の素材を使うことからはじまる、工夫と技術と思いを巡るストーリーをご紹介します。

山長商店 代表取締役 会長
榎本 長治 Choji Enomoto
1946年和歌山県田辺市出身。江戸時代中期創業、末期に育林事業着手した山長商店の末裔として、現在、紀伊半島南部に約6,000 ヘクタールもの自社所有林を持ち、建築素材として「紀州杉」「紀州桧」などの紀州材を守り育てている。一般社団法人日本林業経営者協会前会長。和歌山県木材協同組合連合会会長も兼務し、日本林業の持続的経営を目指す。

先祖代々、丹精込めて育て上げた紀州の山を守る

山長商店は、森林が県土の77%を占める和歌山県で江戸末期から育林事業をはじめて、建築素材の『紀州材』の品質を守り、育ててきました。

先代である私の父、長平のモットーは“ 積極、誠実、和” です。祖父の傳治も勤勉で勉強熱心、努力を重ねる誠実な人柄でした。私もその思いを引き継ぎ、誠実なものづくりを続けています。

先祖から託された使命は紀州の山を社会に活かすこと。それは私たちが時代と環境の変化に積極的に対応していくことでもあります。

現在、私たちは紀伊半島南部に約6,000ヘクタールの自社林を所有し、植林、育林、樹齢50 年から100 年のスギ・ヒノキの伐採、製材、乾燥、仕上げ、品質検査、選別、プレカット加工と、林業から製造までを一貫して自社で行っています。

林業について試行錯誤してきた中でわかったのは「近道をしすぎたら失敗する」ということです。私たちは山の木を伐り、そこで得た収益を山に還すことにより山を永続的に育ててきました。

うちの山は植栽密度の高い植林が特徴です。多くの苗木を植え、長年にわたり職人の手で間伐を複数回行うことで年輪幅が細かく整った材面の紀州材になります。植林してから8 〜10 年くらいは下刈りが必要です。

また、山長商店では昭和26 年頃から約20年間、拡大造林を行いました。祖父と父が拡大造林に取り掛かるときには、長きに渡って議論を重ねたそうです。今時分、山へ新たに木を植えるのは馬鹿だという風潮もありました。

しかし、父と祖父は「国の資源を造成したと思って満足すればいいじゃないか」という結論にたどり着いたそうです。そこには商いだけではない特別な思いがありました。

木は植えた後、製材できるまで50 年かかる超長期産業です。祖父は、自分の山に5百万本もの木々を植える目標をわずか7、8年で達成し、その後、合わせて1千万本にも及ぶ植林を成し遂げました。こうして山長商店は和歌山県の民有林でもっとも木を植えたことになりました。

ライフスタイルが変わり、山にお金が還らない時代へ

現在の林業経営における一番の課題は山林所有者へ還るお金が少ないことです。すなわち山にお金が還らない。努力を重ねて立派な木に育ててきた年月に対して、採算が合わない状況になっています。

その理由のひとつとして、外国産材との競争があります。為替が円高になり、海外から木質資材が安く国内に流通するようになりました。

また、日本において木の使われ方が変わってきたこともその一因でしょう。ライフスタイルの変化に伴い日本間が激減し、価格の下がった木をどう売るのか、先人の植えた木をどう活用するのかを考えることが僕らの仕事でしょうね。

立派に育った紀州の木を見ると、これを活かさなければご先祖様に申し訳ないと思うのです。

text:アサイアサミ photo:福岡秀敏

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