木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

2021.01.25
林野庁のランチタイムから生まれた「私たちと森のこれから~幸せな未来に向けた5つのアクション~」

「あなたは、2050年にどんな暮らしをしていたいですか?」という問いかけから始まる、林野庁の冊子を知っていますか?

林野庁コンセプトブック

これは農林水産省内の組織である林野庁がSDGsに取り組んでいくにあたり、SDGsと森林の関係について考える林野庁職員有志のプロジェクトの一環でつくられたものです。

このプロジェクトで集まった有志5人が「私たちの暮らしが、森や木と関わったら、もっと幸せになるのではないか」という願いにも似た仮説を、コンセプトブックという形で言語化しました。

内容は「幸せな未来に向けた5つのアクション」として、森林や木に関する取り組みを行っている企業のお話などが掲載されています。

アクション1:緑と木が生み出す、人にやさしい働き方
オフィスの緑化・木質化や自然豊かな地方でのリモートワークを通して、人にやさしい働き方につながる取組を紹介します。

アクション2:木がつなげる私たちの暮らしと地域
地域の木材を使うことで、地域の文化や伝統を伝え、人と人との絆を結ぶ取組を紹介します。

アクション3:新しい生活を、森の力とともに
森が非日常となった今だからこそ、人々を惹きつける森の特別な遊び方・過ごし方を紹介します。

アクション4:サーキュラーエコノミーで暮らしをもっと豊かに
サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現へつながる木材利用の取組を紹介します。

アクション5:イノベーション×森のめぐみがもたらす未来
木から新素材や建築部材を生み出し、より便利で持続的な暮らしを実現する取組を紹介します。

この5つのアクションを語る目線は「人にやさしい働きかた」や「暮らしをもっと豊かに」など、ごく個人ベースなのが印象的。中央官庁のつくる冊子ですから、社会課題に訴えかけるような内容かと思いきや、フレンドリーな表紙も目をひきます。

お堅いイメージの公務員である林野庁職員のみなさんが、このやさしい本をつくった理由や、思いなどを伺いました。

ランチタイムで「わたし」に戻った公務員がつくった本とは

林野庁のランチタイム
左から、原田美千子さん、古賀有紀さん、渡邉桃代さん、宇佐見みおさん、白井佐知子さん。

「この本は、ランチタイムから生まれたんです」と笑顔で話してくださったのは渡邉桃代さん。ブルーのスーツがきりっとかっこいい女性です。本づくりに関わった5人の職員は農林水産省や林野庁で働く優秀な森の守り人です。

渡邉さん 勤務中は通常業務で忙しく、SDGsのプロジェクトの話しをするため、ランチタイムに集まることにしました。最初はみんなプライベートの話しや世間話をしていました。

私たちは公務員で「みんなのために」「誰にでも等しくあれ」ということが求められがちです。ですが、ランチで話していくうちに「私生活も含めた「わたし」として、いいなと思うことをまとめたい」と思うようになりました。

林野庁って「いま日本の森林はこんなに問題がたくさんあって大変なんです!」っていうプレゼンからすべての話がはじまることが多いんです。

そもそも国土の2/3は森林です。そしてその半分がいま利用期を迎えていて、でも木材価格は低迷していてみんながどんどん使っていかないと森林のサイクルも循環していかないし。そうすると林業が成り立たなくなってしまうし、地球温暖化防止の機能が低下するなど、環境や地域に悪影響が出てしまいます。

こんな大変なことがあるから、みんな使っていこう!というと正論すぎて息苦しくなります。そうじゃなくて、私たちひとりひとりにとって、何が幸せか考えるほうが近道な気がしました。

ランチタイムは公衆への奉仕者から「わたし」に戻る束の間の時間。公務員であっても、お母さんであり、妻であり、娘であり、ひとりの女性。個人にふと戻ったとき、森や木と関わったらどんなふうに幸せになれるのかと「わたし」の個人の幸せを考えるようになります。

林野庁のランチタイム

古賀さん 森林に関わって、豊かな社会になっていくことをもっと知りたいと漠然と思っていました。そこで、森や木に関わる取り組みをなさっている企業にヒアリングへ行きました。

私たちがやりとりをあまりしない業種の企業も含めて、取り組みへの思いを聞かせていただきました。その思いを受け取るなかで「みなさんに発信したい」という思いがふくらんで。

また、昨年の1月ごろ、若杉浩一さん(日本全国スギダラケ倶楽部、武蔵野美術大学造形構想学部教授)、井口博美さん(同大学教授)と、パワープレイス株式会社にご協力いただき、2050年の未来予想図を描くワークショップを開きました。

2020年のはじめ、林野庁「森林✕SDGsプロジェクト」の一環で、2050年の未来予想図を描くというワークショップを行い、ひとりひとりが思い描いた未来を一つの未来予想図を完成させたことで、未来はひとりひとりの思いからつくられていくものだと感じたといいます。

林野庁「森林✕SDGsプロジェクト」ワークショップ
ワークショップ当日の様子。
林野庁「森林✕SDGsプロジェクト」ワークショップ
「時間が足りない」という参加者がいるほど盛り上がりを見せた。

渡邉さん このプロジェクトを始めたのは2019年の夏から。私たち行政も企業も「SDGsに貢献しよう」というモードでした。今まで森林や木材に注目していなかった企業がSDGsをきっかけにこちらの分野に飛び込んできてくれたらいいなという気持ちがはじめはありました。

けれど、こうやってみんなで集まって話していくうちに、組織としての企業のアクションを示していくことも大事ですが、企業で働く「個人」が森や山に関わる取組に対してどう感じているのか、そして日々の生活を送る「個人」がそういう取組に関わるとどのように感じるのか。そこが見えてないのではないかと感じはじめてきました。

企業へヒアリングに行くと森林や木に関する取り組みをされているみなさんはすばらしいかたばかりでした。そして「熱いかた」が多いのが印象的で。その熱いかたがたの言葉をそのままみなさんにお伝えしたい。最大公約数的にまとめるのではなく、そのまんま、その取り組みに込められた物語や世界観を伝えたいと思いました。

本づくりが専門ではない5人ですが、試行錯誤しながら編集作業をはじめます。「こんないい話を私たちだけの間にとどめておくだけではもったいない!」という気持ちがモチベーションだったといいます。文章も写真も編集も、そしてデザインもこの5人で分担してつくったといいます。

渡邉さん 実はこの本、全ページ、パワーポイントでつくったんです。古賀さんのすごいパワーポイント技術が炸裂しまして(笑)私たちがいいと思ったことを冊子化することができました。

古賀さん 要望にこたえようとした結果、こんなふうになったと思います。求めていただけたら頑張れました。そしてパワポは進化しました(笑)。

消費者に近い企業が動けば、自然とお客さんに木のよさが伝わっているんじゃないか

訪れた企業は数十社に及びます。そのなかで、印象深い企業をみなさんに教えていただきました。

スギの端材などを活用した株式会社良品計画のオフィス
スギの端材などを活用し、働く人にとって心地よいオフィス空間をつくる(写真:株式会社良品計画)

白井さん 私は株式会社良品計画です。商品に木を使うだけじゃなく、木が育った地域のことも考えてやってらっしゃる。店舗によっては、木が育った地域の映像をディスプレイで流して、香りもそれっぽいものを演出している。ただ、木を持ってくるだけではなく、その木が持つ物語ごと伝えているように感じます。

宇佐見さん 冊子で紹介することは出来なかったのですが、アクション1のアムニモ株式会社にオフィス家具を納入した株式会社オカムラのお話で、オフィス家具を納入するとき、本物の木だとメラミン樹脂の家具と比べてクレームが多いそうです。

「見本の写真と木目の柄が違う」といったクレームが来るそうで、天然の木なので当然、木目はひとつひとつ違うに決まっているのですが、自然のものなのにクレームの対象なんだってところがショックでした。そういう社会から変わってほしいなって思いを強く持って、この冊子づくりに携わりました。今の社会は過剰に均一性と効率性を求めすぎている気がします。

古賀さん 林野庁は「木材利用って大事だよね」ってずっと発信しているのですが、一般消費者のみなさんにはなかなか伝わりにくくて、それは木材を使って欲しい側目線でしかお話をしないからだと思いました。

そういう意味で、スターバックスコーヒージャパン株式会社にヒアリングに行ったときに、木材の中でも地域の材を使っている店舗を増やしているんですが、そのことをお客さまには強くアピールしていませんでした。それは、スタバが地域材を利用することで求めていることは地域と地続きになれるということと、お客さまに居心地のいい空間を提供すること。

そういう木材利用を発信したいと思う一方、消費者に近い企業が動けば、自然とお客さんに木のよさが伝わっているんじゃないかと感じました。林野庁ももっとこういう企業と協力しあっていけたらいいなとあらためて感じました。

地域材を活用することで、地域の誇りと愛着を伝承するスターバックスコーヒージャパン株式会社の店舗
地域材を活用することで、地域の誇りと愛着を伝承する(写真:スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社)

原田さん コンセプトブックには載せられなかったのですが、私は株式会社モンベルが印象に残っています。アウトドア用品を扱っており、SDGsを意識してないようでいて、私たちから見れば企業の存在そのものがSDGsという印象でした。

自然があるだけではそこには人が集まりません。活気を生み出したい地域と、アウトドアを楽しんで欲しいビジネスが共鳴して、登山道の整備などの環境や地域の保全活動を進めているのがすごいと思いました。

林野庁の職員は、普段は東京の霞が関で働くオフィスワーカーです。森林や山に携わる彼らですら、日々の生活の中で自然とは縁遠くなってしまっているといいます。今回、企業の森林に関わる取り組みに触れたことで、都会の暮らしと森や木にはつながりができ始めていて、それを生活に取り入れていくともっと豊かになっていくんだと実感したといいます。

渡邉さんたちの思いがぎゅっと詰まった冊子。

生きる場所を見直す時代にさしかかってきた今

またこのプロジェクトで大きかったことは、企業へのヒアリングに行き、アウトプットを模索している最中で新型コロナウイルス感染症が流行にさしかったことです。

渡邉さん 「ウィズコロナ」で生きて行かなければならなくなったときに、生きかたや働きかたで大事にしていくことが変わっていく感覚がありました。これは私の個人的な感想ですが。

ステイホームで2ヶ月間、ずっと家にいて、5歳と3歳の子どもと夫と缶詰になって、狭い家で息苦しく過ごしたわけです。自粛は一時的な話かもしれませんが、東京の中でみんな密になって、働いて、乾いた雑巾をまだ絞るような働きかたってちょっと違うんじゃないかと感じました。

一番大事なことは健やかに幸せであることです。大事な人たちと時間を過ごして、お互いの人生を共有しあって、ゆっくり過ごしてゆっくり話すことが大事だなと思いましたし、ステイホームの期間が終わって、久しぶりに職場へ行ったとき、同僚と会えてすごく嬉しかったんですよね。テレワークでメールではたくさんやりとりをしていましたが、コミュニケーションを取っていたようで、会って話してみたら一瞬で解決したような。

オフィスってただ人が集まる場所ってだけでなく、そこで、心を通わせて、大事なことを共有しあって、すごく大切な空間でした。

生きる場を見直していくような時代に差し掛かった、と感じたそうです。その価値観でヒアリングしてきた企業の取り組みを見返していくと、ウィズコロナの時代も幸せに暮らしていくヒントがより濃く目に映るように感じたといいます。時間や場の使いかたを見直す潮流がきて、そこに森林や木を取り入れていったらもっと「わたし」が幸せになるんじゃないか。

安らぎやワクワクをもたらす森の力を、暮らしに取り入れてみる株式会社フプの森
安らぎやワクワクをもたらす森の力を、暮らしに取り入れてみる(写真:株式会社フプの森)

白井さん みんな、森林に行けたらいいって思っているけど、毎日行くなんて無理だし、テーブルだって、ささくれちゃう無垢のテーブルより、合板のテーブルのほうが便利じゃないですか。生物学的には自然に囲まれているほうがいいに決まっているにも関わらず、効率や生産性を重視することで、削げ落としきってきたわけです。こうして、大量生産大量消費の時代が来たわけです。

そうじゃなくて、ちょっと手間がかかったとしても、ひとりひとりが「気持ちいいな」って思える方が本当の満足につながるんじゃないでしょうか。

身近なものを木材へ転換することは、私たちの暮らしをもっと豊かにする新政酒造株式会社の加工風景
身近なものを木材へ転換することは、私たちの暮らしをもっと豊かにする(写真:新政酒造株式会社)
林野庁の渡邉さんと白井さん
左から渡邉さんと白井さん。

渡邉さん 自然ならではの良さみたいなものはあって、昔のひとはそれを暮らしの知恵として当たり前に使っていました。けれど、現代社会はもっと便利なものができたから使わなくなってしまった。けれど、もう一度振り返ったときに、未来が持続可能であるためにっていうと、肩肘張ってしまうけれど、そうじゃなく「ワクワクする」「おしゃれ」「楽しい」という「わたし」の感覚を加えることで、選ぶものが変わってくるような気がしました。

はじめ、SDGsのアクションとして企業がSDGsのビジネス開発をしてほしいという思いからはじめたプロジェクトでした。しかし色々な変遷を経て、今はまったくもって個人のかたに読んで欲しいという冊子ができあがりました。

「みんな」の公務員であるみなさんがそんなマインドになったのは、2050年の未来図を描くワークショップで武蔵野美術大学の若杉さんの「ひとりひとりの願いの集合体が未来」という言葉だったそうです。

大義名分でごまかさないで「わたし」の幸せを考えた先に、森林や木があった。「わたし」を大切にすることを前提に考えたからこそ、木材利用や森林空間利用へ説得力がある本になったのです。

この本は著者らが「気持ち良い」「楽しい」と感じ、それを伝えたいと強く願って出来た本だと知って手に取っていただきたいと思います。しかも「おカタい公務員」が。

やはり、ランチタイムは偉大です。

林野庁女子のお弁当

Photo:小禄慎一郎 Text:アサイアサミ 聞き手:竹中工務店 木造・木質建築推進本部

リンク:森林✕SDGs 「私たちと森のこれから~幸せな未来に向けた5つのアクション~」

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