北海道札幌市から車で約1時間のところにある道南西部のまち・白老(しらおい)町。先住民族アイヌが文化の礎を築いたまちで、近年ポロト湖畔に「ウポポイ」という国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園、慰霊施設などの複合施設が誕生したことが話題になりました。
「ウポポイ」からほど近く、2020年2月にオープンしたのが「mother’s+(マザーズプラス)」です。
ここは、鶏卵販売や菓子製造を行う「北海道種鶏農場」の実験農場中核施設として、養鶏はもちろん、卵の選別から加工品の製造、そして販売や飲食まで体験ができる、養鶏業の6次化プロセスを体験できる商業施設です。
白老の山並みを背後に有し、広大な土地に地上2階建て・延床面積は887平方メートルという、低層でありながら大規模なハイブリッド木造建築は、北海道だからこそ可能なスケールといえます。
鶏がのんびりと歩く牧歌的な北海道らしい原風景を、多くのひとに楽しんでもらう場であるとともに、地域の畜産を支えるプラットフォームとなる建物。それを支えるにふさわしいと選ばれた構造部材は「木」。
北海道の木造新時代を予感させる「mother’s+(マザーズプラス)」の物語を、ひもといていきましょう。
北海道の木造は、カラマツと地域の文脈を汲む
北海道を代表する木材は「カラマツ」という常緑針葉高木です。カラマツは曲がりやねじれなど形状変化が大きい木材といわれており、近年まで積極的に建築資材として使われることはありませんでした。
しかし、昨今の技術革新によりカラマツの、木材としての弱点を補いながらその強度や耐火性を生かした木材が建築資材として需要が高まっています。
まず「mother’s+(マザーズプラス)」のキノマチ的付加価値は、道産材であるカラマツをふんだんに使用したこと。そして、3代続く養鶏業をこの地で発祥した歴史をふまえ、「鶏舎」をイメージして建てたこと。
大草原のなかに建つ三角屋根。外装はごくシンプル。鶏舎が白老の自然にすっと馴染むのは、この土地で長らく養鶏を営んできた地域の文脈が、鶏舎のある風景を受容しているから。
そして、開口部よりカラマツの木目が見えます。外装がシンプルなだけに、より一層美しい木目がシックモダンに来場者を迎えます。
この圧巻の木質空間は木造の山型ラーメンによる無柱だからこそ出せたもの。柱で空間が仕切られることなく屋根のやわらかな光が建物全体に降り注ぎ、場の役割がゆるやかに連なります。
主な架構は木造によって支え、工房棟は鉄骨造にして作業が見学できるよう全面ガラス張りに。工房棟の耐火性能の必要性からこのようなハイブリッド木造建築が採用されましたが、役割により適材適所を用いる柔軟さによって役割を多く持つ複合施設をひとつにまとめることができました。
木の良さを受け取りつつ、機能的。法的な制約からではなく、自由な発想からハイブリッド構造が生まれてきたのではないかと見紛れる匠の木造建築です。
白老で卵を生産しているのだから、直接売りたい
この建物のクライアントであり、プロデューサーでもある北海道種鶏農場の川上一弘さんは「北海道種鶏農場の新しい施設を白老でつくるにあたって、「大きな鶏舎」をつくろうと思ったんです」と笑顔でいいます。川上さんは「mother’s+(マザーズプラス)」をつくったきっかけをこう話します。
川上一弘 Kazuhiro Kawakami
1959年北海道生まれ。大卒後、家業の養鶏業に従事、95年まで食鳥事業の生産農場から食肉処理、加工、販売を手掛け、96年代表取締役に就任(3代目)。98年より卵の直売事業をはじめ、その後、洋菓子の製造販売、たまご料理レストラン、札幌圏への出店などを進める。欧米の先進的養鶏会社、機械メーカーなどを多数訪問。現在、アニマルウェルフェアやオーガニック食品を研究中。
川上さん 北海道で盛んな畜産業ですが、私の代から畜産だけでなく、直販し、商品化するなど、6次産業化を進めてきました。
白老町は発祥の地であり、今も鶏卵を生産しています。しかし、つくった卵はほとんどが人口の多い札幌などに運ばれていきます。この土地でつくっているのに、ここで卵を売れないのはどうかなぁと思っていました。ここで直接卵を売りたい、と思ったのがスタートラインでした。
生産から製造、販売までの流れを見てもらいたいという希望から横長の平屋に。それならば、高さがないので鉄骨ではなく木で支えることができるのではないか。
川上さん「外観のイメージは「鶏舎」と考えていました。鶏舎といえばみなさんもログハウスのような木造を思い浮かべるのではないでしょうか。
デザイン・設計を担当した竹中工務店の横尾淳一さんも「全部木造でやりたかった思いもありましたが、そこはやはり適材適所で。そして、クライアントの思いをかたちにすることを第一に考えました」といいます。
横尾さん かっこいい鶏舎にしてほしいとリクエストがあり、ハードルがあがりました(笑)。もともとあった鶏舎は木造だったと伺い、この建物も木造がいいんじゃないかと私も考えました。三角アーチの屋根の構造で開放的な空間をつくり、鶏舎らしいデザインとするために建築全体で山型ラーメンという架構を採用しました。
シンプルにして力強く。集成材の柱が連なる様子を見ていただけると。一本柱となるとちょっと和っぽいというか、そういうのはちょっと今回の建物に使うにはイメージが違いました。
クリエイターの思惑どおり、木を使い、ぬくもりは建物に宿しながらも現代に生きる建築としての美しさを技術が支えています。
また木という素材は北海道の圧倒的な自然と調和する、といいます。
川上さん 木でお店をつくったことで、一次産業、養鶏農家、自家製、自然、広い大地、など、我社のイメージをお客さまに伝えやすいことも魅力だと感じています。木の建物のほうが、卵も美味しそうな気がしますしね。
ここはもともと牧場でした。開放感もあり、ここに商業施設を設えたら観光客の皆さんもすごく楽しめる場所になるなと感じました。ここで、木と鶏と、生き物同士の、シナジーが生まれているかなって思っています。
北海道で生まれ育った川上さん「元から木が好きでしたね」という。木そのものへの思いも深い。
川上さん 北海道の森林など、林業の状態を見てきたんです。カラマツなど、国産の木がすごく余っている現状を伺いました。そんな社会課題を解決する一手として、このような建物の構造体などで木をたくさん使うことで、どんどん森から木を搬出してこうっていうのを促進するのも、今回のプロジェクトの大事な目的のひとつだと意識しています。
北海道という土地に住む者としてひとごとではない。そんな思いを、建物を通して感じました。思う存分、木が使われた「鶏舎」に、ひとも動物も自然も卵も集う。そんな場には木がふさわしい。そう思うのは私だけではないはずです。
そして北海道と切り離せないのが、亜寒帯冬季少雨気候による寒冷地であること。冬、雪に閉ざされたまちは、色彩のない白黒の風景に様変わりします。そのなかで視覚的・体感でも木がもたらすぬくもりは、まちを温めてくれることでしょう。
北海道と木造。この組み合わせに、さまざまな可能性を感じます。
Photo & Text :アサイアサミ(ココホレジャパン)