漆(うるし)とは
漆とは、ウルシ科の落葉高木、ウルシノキ(植物名「ウルシ」の別称)から採取し、不純物を取り除いた樹液「生漆」を精製後、顔料や鉄分を入れてつくられた自然塗料をいいます。
ウルシノキは、日本・中国・朝鮮半島に分布しており※1、主成分であるウルシオールの最も多い日本の漆が、最も上質とされています。日本でのウルシノキの植栽や漆の利用は、はるか縄文時代前期にまで遡り現代までその技術が継承されてきました。
ウルシノキが生漆を採取(漆掻き)できる太さにまで成長するには、苗からは約12年、採取後の切株からの萌芽からは約8年かかるといわれています。採取のシーズンは6月中旬から11月頃、繰り返し樹幹を傷つけ、滲みでた生漆を少しずつ掻き取り、貯めておきます。幹をまるまる1本使い切りますが、1本から採れる生漆はたったの200ミリリットル程と少量です。
生漆は、とろみ・粘りがあり、独特の匂いがあります。また、直に触れると強いかぶれをひきおこすことがあるため取り扱いが大変難しく、漆掻きには高度な技術が求められます。※2
国内では、国産漆の約7割を生産する岩手県二戸市をはじめ、茨城県・栃木県・長野県・秋田県・青森県など限られた里山で栽培されています。
林野庁資料の国産漆の生産量と自給率の推移を見ると、平成18年の時点では漆の国内需給率はわずか1.3パーセントでした。大半を中国などからの輸入に頼っている状況ではありますが、令和2年は6%へと上昇しています。※3
これは平成26(2014)年度に、文化庁が国宝・重要文化財建造物の保存修理に原則として国産漆を使用する方針としたことを背景に、岩手県などの各産地においてウルシ林の育成・確保、漆搔かき職人の育成等の取組が進められたことによる増産の効果といえます。
いま、国産漆の振興が注目されています。
漆の主な利用としては、伝統的工芸品の「漆器」や美術品などに施される「蒔絵」、仏像制作の「乾漆」、日本の伝統的建築物の柱・梁・床や家具、木器などの木地※4に刷り込み仕上げる「拭き漆」、接着剤としての「金継ぎ」などが挙げられます。
漆は空気中の水分と酸化反応し、硬化します。いちど硬化すると酸やアルカリ・塩分などの影響を受けず耐久性・堅牢性・抗菌性・防腐性・耐水性・断熱性 など大変優れた特性があります。但し自然素材である故の扱いの難しさもあります。
美しさを保ち劣化を防ぐためには
傷をつけないようにする、過度の乾燥・紫外線を避ける など注意が必要です。
「漆器」といえば漆を幾重も塗り重ねられた朱色や漆黒色の深い鏡面のような光沢の塗りを連想しますが、塗立て(花塗)・呂色塗・朱塗・黒塗・溜塗・目はじき塗・春慶塗・拭き漆・漆絵・卵殻貼 など、塗りの種類も様々です。
木地に使われる樹種は、スギ・ヒノキ・ミズナラ・ブナ・ヤチダモ・ミズメザクラ・ヤマザクラ・トチノキ・クリ・サワラ・キリ などがよく使われます。
堅牢優美を追い求める輪島塗、生活に根ざした器が多く作られる木曽漆器、など高級・美術品から日用の気軽な器まで、産地によってもつくりは多岐にわたります。
長野県塩尻市奈良井では、かつては蕎麦屋さんの出前の必需品だった蕎麦膳やセイロ・角湯筒などの業務用漆器も作り続けられています。
私たちは手軽で扱いやすく安価な合成樹脂製の器を選びがちですが、耐用年数の短い樹脂製ではなく、長く使い込むほどに味わい・価値が増していく漆器は、暮らしを豊かに愉しむ魅力あふれるアイテムとして、その良さが見直されています。
*1:
他には東南アジアに分布する別種(カンボジアウルシ、インドウルシなど)もあるが主成分が違うため性質も異なる。
*2:
硬化前の液状の漆が皮膚に付着することでおこるアレルギー反応。充分に漆が硬化した後であれば、かぶれの心配はない。
*3:
令和2年の漆の国内消費量は32.2トン、国内生産量は6%に当たる2.1トン。 出典:令和3年度森林・林業白書 第Ⅱ章 林業と山村(中山間地域)2.特用林産物の動向(2)薪炭・竹材・漆の動向 P118
*4:
漆塗りのベースを素地(きじ)といい、木・竹・布・紙・陶など様々な素材が使われる。木製の素地を木地(きじ)という。
参考文献 :
林野庁ホームページ 漆のはなし
令和3年度森林・林業白書 第Ⅱ章 林業と山村(中山間地域)2.特用林産物の動向(2)薪炭・竹材・漆の動向
特別史跡旧閑谷学校ホームページ
閑谷黌講堂外四棟保存修理(第1期)工事報告書 民藝の教科書③木と漆 久野恵一監修 萩原健太郎著 グラフィック社
Text: 竹中工務店 木造・木質建築推進本部