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2023.08.01
全国初のサステイナビリティ観光学部で立命館アジア太平洋大学(APU)が目指すもの。大分県産材を使った木造校舎「グリーンコモンズ」(第1回)

2023年4月、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の新学部、サステイナビリティ観光学部が発足しました。サステイナビリティと観光にはいったいどんな可能性や創造性が秘められているのでしょうか。期待が膨らむ学部のスタートにあたって、新しくつくった学び舎「Green Commons」(以下、グリーンコモンズ)に採用した素材は、地産地消の「木」。

なぜ、今APUが新教学棟の開設にあたって、木造建築に着目したのか。竹中工務店と一緒に創りあげた「グリーンコモンズ」ができるまでの物語をシリーズでお届けしていきます。

APUの校舎から別府市内を見下ろす。

舞台は湯の町・大分県別府市。人口約11万人のまちは、全国でも有数の温泉地であり、観光業をはじめ、近ごろではアートでまちを活性化する取り組みでも注目されています。

その別府市の要となる別府駅から車を30分ほど走らせた山の手、別府十文字高原の中腹に立命館アジア太平洋大学(APU)のキャンパスはあります。標高300メートル、市街地を見下ろし、鶴見岳を臨む森に囲まれた壮大な敷地に、天空の城のごとく現れるレンガ色のツインタワーからなるシンボリックな建物。正門から入るとすぐ目に入る場所に、今回の主役である新教学棟「グリーンコモンズ」が来訪者を迎えます。

大学施設で初の3階建て木造校舎は、まさにサステイナブル建築!三角屋根の集合体は、里山の集落をイメージしている。

「グリーンコモンズ」は建物の中央部に、日本初の大規模な吹き抜け「コモンズ=多様な学びを生み出す共有空間」をもつ、3階建て木造校舎。大分県産材を中心とした地元の木材がなんと95パーセント使用されています。里山の集落をコンセプトにした三角屋根を意匠に取り入れた温もりを感じる外観、枝垂れ桜などの樹木を配したエントランスなどソリッドな印象のキャンパスに優しい表情が生まれました。

シリーズ第1回目は、国内屈指のグローバル教育を推進するAPUとは、どんな魅力をもった大学なのか。2000年の開学当初から教員として携わり、サステイナビリティ観光学部の学部長に就任した、李 燕(リ・エン)教授に話を伺いました。

(プロフィール)
李 燕 LI Yan
立命館アジア太平洋大学 サステイナビリティ観光学部長。教授、学校法人立命館 理事。 南京大学(都市と地域計画)、華東師範大学西欧北米地理学研究所(都市地理学、理学修士)を経て、1991年に京都大学工学研究科(交通工学博士)を卒業。立命館大学理工学部建設環境系助手を経て、2000年、立命館アジア太平洋大学へ。2023年5月、サステイナビリティ観光学部長に就任。

留学生・外国人教員が50パーセントの国際大学

APUは、2000年に大分県と別府市によって誘致されました。アジアに近い九州の北東部・別府という地方都市に、海外からの留学生を招き入れるという、アジアを見据えたグローバル構想は、当初、様々な観点から実現は難しいのではないかという声も出たそうです。

李先生 私が教員としてAPUに就任したのは、2000年の立ち上げから。それまでは京都大学で土木工学を専攻し、上海、京都という都市部で活動していた私にとって、今から23年前の別府市は、正直にいってそれまで過ごしていた街とはかけ離れた寂しい印象の地でした。さらに、中心地でなく郊外につくられたAPUは、学びの場としてふさわしいのか、学生が集まるのか、少々不安だったことを思い出します。

前例のない新たなチャレンジ。「日本語・英語の二言語教育」など国内に類を見ないカリキュラムを武器に、留学希望者を募るという型破りな戦略を行います。その結果、目標の学生数を獲得。構想は徐々に実を結んでいきます。

その間に、一時衰退していたまちの観光も回復の兆しを見せ、別府市は大学のある町として息を吹き返していきます。現在、APUの学生総数はおよそ6,000人。開学以来、166の国と地域から留学生を受け入れ、「日本一の国際大学」と呼ぶにふさわしい大学に成長していきました。

そして、APUのネクストステージ、新学部創設の構想が始まったのです。

学びと実践はセット。サステイナビリティ観光学部の役割とは

新学部のカリキュラムとして最初に決定したのは、九州そして大分・別府という地域の活性化に欠かせない「観光」の要素。別府の都市計画委員会でのまちづくり計画に携わっていた李学部長にとって、観光と複雑に絡み合うさまざまな問題、例えば、地方の衰退における持続可能な地域開発、環境問題、気候変動といった地球規模の課題まで網羅する必要があると感じたといいます。

李先生 学部長に任命され、2018年から学部づくりを議論し始めて、構想に4年を費やしました。私は都市計画、環境政策を専門にしてきましたから、環境開発のグループで研究を重ねてきた持続可能な社会づくりという分野を視野に入れるべきじゃないかと提案したんです。そうして、観光と持続可能な社会、この2つを主軸とした新学部にチャレンジすることになったんです。

観光とサステイナビリティ。その両面から、地域の資源循環や価値創造を研究し、持続可能な社会を目指すのが、学部のミッションですそれは同時に、APUの2030ビジョン「APUで学んだ人たちが世界を変える。」の具現化であり、チャレンジでもあります。

21世紀をリードする価値観をもった学部では、その教育スタイル(グローバル・ラーニング・コミュニティ)もユニーク。現場での「課題解決型学習」を重視し、年間カリキュラムに取り入れていきます。

李先生 さまざまな社会課題に対して、持続可能な開発の視点でいかに解決するか、プロセスも含め、誰も答えを持っていないでしょう?だからこそ、座学だけでなく、学生にいろんな機会を提供し、いっぱい体験をしてもらいたいんです。地元では、別府観光とまちづくり、DX、森林保全と環境政策など、様々な角度から地域資源の循環を模索するフィールドスタディを積み重ねていく予定です。

あと、大学って勉強するだけの場所じゃなく、恋愛したり、成長していく意味で、人生の始まりじゃないですか。学部のテーマでなくても、実際の問題に触れて、ひとつのことに対して自分なりに深く研究をして「解を出す」。こういう体験を1回でも経験できたら、将来社会に出たときに、自分も世界もきっと変わる。4年間を通じて、こうした学びと実践を習慣にしていってほしいと思っています。

多様な視点から感じる、日本の木の魅力

それぞれがいる場所で、発見した課題を解決し、持続可能にしていければ、それが社会全体、そして世界の持続可能につながっていく。「だから、どこでも、今いるところが学びのフィールド」と優しい笑顔を見せる李先生。学部発足に合わせて新設されたグリーンコモンズは恰好の学び舎だといいます。

グリーンコモンズのエントランスにて。屋外にも憩いの場やイベントなどが楽しく行える仕掛けが練られている。

李先生 これまで学内には「ウェーブ」と呼んでいる屋外のオープンな広場や図書館、一般食堂、学生寮「APハウス」はありましたが、授業の合間に気楽に過ごせる場所がなかったんですね。だから、ここが完成したときは想像以上の素晴らしさに驚きました。一面、木に囲まれた森みたいな空間の体験はすごくインパクトがあって!ゲストを案内すると感激されるんですよ。

木構造のスケールと美しさが感じとれる大規模吹抜け空間。階段、柱、手すりなどにさまざまなサステイナブルな工夫が取り入れられている。

大分県産杉の香りに満ちたダイナミックな3層吹き抜けの空間は、メイン階段とともにスロープやエレベーターを備え、多様な人々を受け入れることができるインクルーシブな機能をもたせた交流ホール。吹き抜けの手すり部分には別府の特産・竹細工を施すなど、細部まで地産地消、サステイナブルを体現した技術やデザインが意識されていて、惹きつけられます。

加えて、建物施工にあたって画期的なポイントが2つ。1つは、改正された建築基準法の新しい手法で設計が行われ、これまで不可能だった3階建ての木造校舎を実現していること、2つ目は認証取得が非常に難しいとされるFSC認証を取得している木を使っている点です。これらの試みについては、後のシリーズの中で詳しくお話していきたいと思います。

実際の学生たちの様子はというと、階段に腰かけ本を広げたり音楽を聴いたり、談笑する姿などがのびのびと映ります。前方に設置したDJブース的なスペースも人気のよう。勉強に集中したいときには、階段を囲むように配置されたカウンターや上階のラウンジへ。同じ空間を共有しながらも、それぞれが目的に応じて快適に過ごせるよう、スペースの役割や人の動きを追求したゾーニングがいきています。

李先生 私たち教員も、グリーンコモンズができて、学生たちとの距離を身近に感じるようになったんです。私の出身国・中国ではレンガの建物が主ですが、日本は木の文化でしょう。エントランスに使った焼杉なんかも日本伝統工法をさりげなく取り入れてあって素敵ですね。木には人が集まって、対話が生まれる求心力のようなものを感じます。

アジア各国から来た留学生たちも、ほっとしたり、ここでさまざまな感じかたをするだろうと思うんですよ。地産地消の木の活用という地域資源の循環の観点から見ても、木の建物自体が教材ですよね、ここは生きた教材。

先日、FSC認証の森林を育てている九州林産のワークショップに参加して、この木造校舎のバックストーリーにある取り組みの素晴らしさに触れることができました。木の空間と森を実践の現場として、竹中工務店さんが進める「森林グランドサイクル」を学ぶ授業なども積極的に取り入れていきたいです。

温もりや安らぎが得られるのも、木の持つ特性だといわれますが、風土に合った地産地消の木ならなおのこと、学生たちがゆるやかにつながりあうコミュニティづくりに作用していくのではないでしょうか。

普段は学生たちの休憩スペースに使えるほか、50名以上が参加できる講演会やディスカッション、交流の場として活躍。

多様な学生たちが木質空間を体感しながら、意見を交わし、アイディアが生まれていく多様性に満ちた場。今後は、市民とのコミュニケーションを深めるスペースとしてなど、多目的な使いかたを展開していくそうです。

大学と市民とが接点を持ち、つながりを広げることで、学生たちが生活圏である地域にとけ込みやすくなり、まちが元気に。そして、その経験を糧に世界へと飛び出していく。グリーンコモンズで学生たちの姿を目にしていると、そんな循環のイメージが自然と湧き、わくわくしてきました。

次回は、大学の施設運営・管理のファシリティマネージメントを行い、新校舎をはじめとしたランドスケープづくりに携わった、学校法人立命館太田猛総合企画部長に、新しい学校施設の考え方について伺います。

Text:前田亜礼
Photo:ココホレジャパン

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