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2023.08.22
持続可能な木材調達ってどうすればいいですか? 森林の持続可能性を支える木材デューデリジェンスDDとは何か?(第1回)

持続可能な森林経営や山林の自然環境の保全に多くの人々が取り組んでいますが、市場に流通する木材は必ずしもそのような山々から伐りだされたものばかりではありません。

木材を使おうとするとき、その木材が育った山林が適切に管理されているのか、そもそも現地の法令を遵守しているのかどうかまでを確認する“木材デューデリジェンス”が求められるようになってきました。

キノマチウェブでは「新時代の森林経営」に必要な木材のデューデリジェンスとは何か、その取り組みが求められるようになった社会的な背景、デューデリジェンスの制度について特集します。今回は、最前線の森林科学者である筑波大学の立花先生から解説していただきます。

(プロフィール)
立花 敏 Satoshi TACHIBANA
筑波大学生命環境系准教授 博士(農学)。岩手県出身。東京大学助手、地球環境戦略研究機関主任研究員、森林総合研究所主任研究員等を経て、2010年より現職。編著に馬駿・今村弘子・立花敏編著(2018)『東アジアの森林・木材資源の持続的利用、経済学からのアプローチ』農林統計協会、立花敏・久保山裕史・井上雅文・東原貴志編著 (2014) 『木力検定3 森林・林業を学ぶ100問』海青社、代表的な著書(分担)に馬奈木俊介編著(2015)『農林水産の経済学』中央経済社、岡裕泰・石崎涼子編著『森林経営をめぐる組織イノベーション―諸外国の動きと日本―』広報ブレイス、森林総合研究所編(2012)『改訂森林・林業・木材産業の将来予測―データ・理論・シミュレーション―』J-FIC等がある。

1. 私たちが志向する脱炭素社会:カーボンニュートラル

読者の皆さんも、日々の仕事や日常生活の中で地球温暖化問題を認識されていることでしょう。国内でも国外でも市民生活や企業活動において地球温暖化問題への対策が益々重要になっています。まず、私たちが志向する脱炭素社会を整理してみましょう。

2015年に採択されたパリ協定の下で「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成すること」、すなわち「2050年カーボンニュートラル」が世界共通の長期目標として掲げられました。

言葉を代えるならば、脱炭素社会、持続可能な社会の実現に向けて世界各国が取り組むようになったといえます。地球温暖化に伴う気候変動が気象災害リスクを高めることも指摘されており、自然災害の発生頻度が高まる中で、いかにカーボンニュートラルを実現するかは喫緊の課題となっています。

しかしながら、私たちは温室効果ガスの発生源となるエネルギーを全く使わずに生活することは不可能です。様々な技術開発や製品開発により2050年にエネルギー起源のCO2排出量を大きく削減できたとしてもゼロにすることは極めて困難であり、温室効果ガスの大部分を占めるCO2の吸収・除去によって埋め合わせ(オフセット)することが必要になっているのです。

どうしても発生せざるを得ないCO2等の温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いてゼロにする手段の一つとして、欧州やニュージーランドでは新たに植林を行って森林を造成し(人工林)、そこにCO2を構成する炭素を吸収させようという取り組みが展開し始めています。

2. 世界の森林面積の減少とその影響

森林の資源量はどう変化しているのでしょうか。国連食糧農業機関(FAO)「世界森林資源評価2020」(FRA2020)によると、世界の森林面積は1990年の約42.4億ヘクタールから2000年の約41.6億ヘクタール、2010年の約41.1億ヘクタール、2020年の約40.6億ヘクタールと推移し、世界の陸地面積の31パーセントを森林が占めます。

残念ながら炭素吸収の役割が期待される森林は減少しているのです。この30年間に約1.8億ヘクタール、日本の国土面積の約5倍もの減少となります。世界を大きく地域別にみると、アフリカでは2010年代に年平均394万ヘクタール、年率マイナス0.60パーセントもの減少となり、南・東南アジアでも年率マイナス0.31パーセントですので、特に熱帯林諸国・地域で森林面積が減少しているのです。種の宝庫である熱帯林の減少は生物多様性の著しい低下も招いています。

森林地帯によって樹木の疎密はありますが、森林面積が減るということは大なり小なり陸域から大気へCO2の形で炭素を排出させることになります。そうした土地利用の変化に伴う陸域から大気への炭素排出をいかに少なくするか、そして陸域を炭素の大きな吸収源にできるかが、現在においても将来においても地球温暖化対策で鍵を握っているといって過言ではありません

森林減少・劣化の主な要因には、人口増に伴う森林から農地や宅地、工業用地等への土地利用転換、非伝統的な焼畑農業や火入れ開拓を伴う大規模なプランテーション、森林成長量を超す過度な森林伐採、森林火災、違法な森林伐採や木材取引(以下、違法伐採問題)を発生させる制度的な未熟や貧困などが指摘されています。

特に違法伐採問題に関しては、森林減少が進む熱帯林諸国・地域の政府歳入に多大なる損失を生むのみならず、輸入される安価な木材により輸入国・地域の木材価格が押し下げられることによる問題も深刻です。違法伐採問題を伴う木材の価格は合法な木材の価格を引き下げますので、日本等では合法に行われる林業活動の収益性が低下し、持続的森林経営が困難になることが危惧されます。輸入国・地域においても森林そのものの持続可能性が低下することになるのです。

伐採禁止のインドネシア・ロンボク島の保安林から違法に木を伐り出すトラック(2003年7月撮影)
如何に違法な森林伐採や木材取引を減らすか、持続可能な森林経営を実現するかは、私たちの喫緊の課題である。

一般向けの参考図書として以下を挙げたいと思います。
・ジャック ウェストビー、熊崎実(訳)『森と人間の歴史』築地書館、1990年、275ページ
・熊崎実『地球環境と森林』(林業改良普及双書No.114)全国林業改良普及協会、1997年、175ページ
・井上真編・地球環境戦略研究機関監修『アジアにおける森林の消失と保全』中央法規出版、2003年

※ FSCやPEFCの認証林の地図は公開されています。
・FSC:https://connect.fsc.org/impact/certified-forests
・PEFC: https://www.pefc.org/discover-pefc/facts-and-figures

3. 木材デューデリジェンスとは何か?

脱炭素社会、持続可能社会を実現させ、良好な環境の下で将来世代がより健やかに安全に生活するためには、私たちの世代から森林の減少・劣化をなくし、持続的森林経営の下で産出された木材を社会に広く、且つより長期に使用することが不可欠となっています。

国・地域においても世界においても森林資源が量的にも質的にも安定するならば、森林そのものの有する炭素量はカーボンニュートラルな状態になりますし、上述の欧州やニュージーランドのように新たに植林をするならば更に陸域生態系に炭素吸収量を増やすことに繋がります。

その上で広範かつ長期に木材を使用することによって炭素を地上に長期に留めることができれば、森林や木材は地球温暖化対策として更なる力を発揮することになります。熱帯林諸国・地域において森林の減少や劣化を止められるならば、社会の安寧や生物多様性の保全にも大きく寄与すると考えられます。

森林資源の安定と広範かつ長期の木材使用を実現させるのに、法令遵守による合法性の確保された木材あるいは専門家の第三者による審査で持続可能性が明示された木材が不可欠となります。そのために、欧米の多くの国や地域では木材のサプライチェーン(以下、木材SC)においてデューデリジェンス(以下、DD)が進められています。

木材SCにおける売り手と買い手の間で関連する法制度に適合して伐採や輸送、加工などを行っているかを確認し、エビデンスをもって売買することが必須となっています。その取引に対して、第三者から問い合わせがあった時に適切なエビデンスをもって合法性を説明することが求められます。

少なくとも各国・地域の法制度に則った森林や木材の取り扱いを行うならば、森林の減少や劣化を招くことはないと考えられるからです。さらに、第三者の審査を伴う森林認証制度のもとで持続的に管理された森林で生産された木材への期待が高まっています。

4. 日本における木材デューデリジェンスへの期待

日本では、地球温暖化防止に向けた京都議定書の発効(2005年)に伴って森林整備が促進され、2010年代以降に木材利用のための主伐が増えています。

森林面積は約2,500万ヘクタールで安定しているのに対して森林蓄積量は2017年3月31日現在52億立方メートル(うち人工林33億立方メートル)となり、多くが伐期を迎えることになる植栽後50年超の人工林が50パーセントに達しています。他方、公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律(2010年)を契機に民間部門でも木材利用が大きく進展しています。製造過程でのCO2排出や原材料の持続可能性という観点で木材への期待が大きくなっているのです。

こうした中で2023年4月のクリーンウッド法の改正により木材DDが一層求められるようになりました。

これまでに企業自らが自社基準を設けたり、業界団体が行動指針を作成したりして取り組んだり、専門家からなる第三者の審査による森林認証制度によって取り組んだりされてきましたが、国として官民を挙げて違法伐採問題に取り組む方向性が示されたのです。

本シリーズで個別の詳細を紹介することになりますが、国内では森林法に基づく伐採届の提出についても、買い手の申し出により木材DDとして確認されることになり、その運用の拡がりに伴って森林の持続性がより向上すると考えられます。

グローバルに考えるならば、木材DDによって違法な森林伐採や取引に由来する木材を取り引きから排除でき、より適正な木材価格が実現され、国や地域を問わずに持続的森林経営、林業活動の実現にも寄与することになると期待されます。それは木材を利用する側の安心にもつながり、結果的には将来を見据えて森林所有者から一般消費者までが一丸となって取り組むことにもなるのです。

企画担当:竹中工務店 三輪隆(経営企画室)小林道和、関口幸生(木造・木質建築推進本部、キノマチウェブ編集部)

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