木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

2023.09.27
多様な国の学生が交流し、葛藤を乗り越えながら成長する木質空間のポテンシャルと新しい学校施設の考え方とは

2023年4月、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の新学部、サステイナビリティ観光学部が発足しました。サステイナビリティと観光にはいったいどんな可能性や創造性が秘められているのでしょうか。期待が膨らむ学部のスタートにあたって、新しく創った学び舎「Green Commons」(以下、グリーンコモンズ)に採用した素材は、地産地消の「木」。

なぜ、今APUが新教学棟の開設にあたって、木造建築に着目したのか。竹中工務店と一緒に創りあげた「グリーンコモンズ」ができるまでの物語をシリーズでお届けしていきます。

第1回では、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)やサステイナビリティ観光学部の特性や魅力とともに、地産地消の「木」を用いた新教学棟「グリーンコモンズ」の誕生について、李学部長に伺いました。

シリーズ第2弾は、「新しい学校施設の考え方」にフォーカス。

学校施設といえば鉄筋コンクリート造などが一般的になっている現在、大規模な木造建築を採用することは極めて稀であり、しかも準耐火木造3階建て大学校舎の試みが実現したのは国内初!とのこと。

世界的な気候変動に対する人々の意識の変化とともに、環境問題、資源の枯渇といった社会課題への関心が高まる中、「木」への回帰(先進的取り組みというべきかもしれません)は持続可能な社会づくりや、課題解決のひとつになるはずです。

新施設の立案から構想、完成までのプロセスを最もよく知る、学校法人立命館総合企画部長の太田猛さんに、木造校舎を建てるに至るまでのお話を伺いました。

(プロフィール)
太田 猛 Takeshi Ota
学校法人立命館 総合企画部長。建設当時:立命館アジア太平洋大学 事務局次長。
立命館大学をはじめ、小・中・高・大48,000名からなる学園全体の経営企画を担う。建設当時は立命館アジア太平洋大学サステイナビリティ観光学部の設立や、キャンパスデザイン全般の立案に携わっていた。

APUのキャンパス計画

2018年1月、出口治明学長が就任し、第2の開学と位置付けた新学部の構想が始まりました。大学の使命として九州・大分を元気にしたいという思いから構想されたのが、観光系の学部開設です。ちょうど大分県別府市に外国人をはじめ、多くの観光客が訪れていたインバウンドのピーク時でした。そして2022年春の学部設置とともに、新たな教室棟と寮を増設する施設の拡充が計画されました。

太田さん 当初はアメリカのMBAのようなビジネスホスピタリティやホテルマネージメントを新学部のカリキュラムにする選択肢もありました。ですが先生方の協議の中で、ビジネスだけでなく、地球環境やサステイナビリティという学びや研究と、観光とを結びつけるという構想にAPUとして挑戦すべきではないか、そのほうがAPUの目指す理念と合致するのではないかという意見に賛同が集まり、サステイナビリティと観光の双方を学ぶ学部の教学方針をつくりました。

最初に施設拡充のためのコンペティションが行われたのは2019年の年末。コンペティションで、施設計画のパートナーとして竹中工務店さんを選定し、設計をスタートした直後にコロナ禍が本格化しました。その状況を踏まえ、新学部の開設とともに、施設の拡充も2023年春に1年延期することとなりました。

その「空白の1年」が大きな鍵を握ります。決まりかけていた新学部のカリキュラムを含め、施設の見直しの機会を持てたことが、今の施設の在り方へとつながっていきます。

太田さん 竹中工務店設計の永井さんから、「コンペティションから竣工まで2年強しかないスケジュールだったため、木造建築の提案は断念していたが、計画検討期間が生まれたので、木造建築を提案させてほしい」と相談がありました。詳しく話を聞くと、国内外で近年、環境を意識した建築物として「木造化」が進んでいるが、木造校舎を採用した大学の事例が国内にあまりないとのこと。「学生の半数が国際大学であるAPUが日本のトップランナーとして、木造建築で世界にアピールするのはどうですか?」という提案でした。木造という考えは全く想定外だったので驚きました。

「木造建築への熱意に根負けしました!」。竹中工務店大阪本店設計部グループ長・永井務さんと。

大学側と学生・教員の要望を調整し、とりまとめていくのが太田さんの役割。学校施設をつくるにあたって優先課題は何だったのでしょう。

太田さん 私は大学側として経営を見ていかないといけない立場です。ですから、何より基本的な機能を整えることが先決なんです。 学生の居場所、教室、先生がたの研究室など、それらに必要な面積を担保できて、運営費などのコストが大学の収入で賄えることが重要。それを見越した上で、せっかくつくるのであれば、木造といったユニークな特性をもつ建物のほうがいいと思いました。

施設としての基本課題をクリアすることを前提に、太田さんが主軸に置いたのは、学生と教員が心地よく過ごせる場や機能などの仕掛けづくり。

太田さん 寮の拡充とともに、APUの中にランドマークになるような象徴的な場所があればいいなと思っていました。例えば、卒業式のとき、記念撮影する場所がツインタワー以外にないんですね。だから、新学部を創設するにあたって、それを象徴する場があったらと。

正面ゲートとキャンパス、両方面から見えるツインタワー。

それから、新学部をつくる先生方や学生たちと意見交換した中で、キャンパス内に緑が少ないこと、学生たちがカジュアルに過ごせる場所がないことがいちばんの課題として上がったんです。

学生の居場所づくりに関しては、以前からキャンパスには授業以外の時間にリラックスして過ごせる場所があまりないので、授業が終わるとすぐに家に帰る学生が多かったことに問題意識を持っていました。それで、学生たちの居場所をもっとつくらなあかん!ということで、学生1人当たりの滞在スペースを様々な大学のキャンパスを例に計算しました。新校舎は「教学棟」といいつつ、コモンズと呼ぶ共用空間を十分に確保する計画にしたんです。
    
また、郊外型キャンパスでありながら、緑があまり感じられないという意見もありました。そこで、「キャンパス全体に緑を増やして、森にしよう。新しい教学棟も木造建築するのはどうだろうか?」と尋ねてみたんです。そうしたところ、みなさんサステイナビリティ観光学部の教学内容とすごくマッチするということで大賛成でした。

ここで、施設設計に携わった竹中工務店設計部グループ長の永井務さんからも、木造建築を提案するに至った思いや経緯について聞いてみました。

永井さん 世界の大学と肩を並べるAPUにおけるサステイナビリティと観光を学ぶ新学部にふさわしい環境建築をどう実現すべきかを考えました。コンペティションの段階でも木造建築の検討をしたのですが、設計と施工で2年強というスケジュールでは、木材を調達し、乾燥させる時間が足りず断念したんです。そこに、コロナの影響でスケジュールが1年延びて、木造建築へのチャレンジができるチャンスが生まれました。

ただ、木造というと耐震・耐火性の問題が出てきます。日本では大規模な学校は木造3階建てで作ることが認められていませんでした。ですが、2014年に法律が改正されて、「木三学」と呼ぶ3階建ての木造校舎の建築が可能になったんです。

木は火災時、一気に燃えるのではなく、表面からじわじわと燃えていきます。1時間燃え続けても、建物が倒壊しないよう太い柱や梁を用いた建物にするという「燃えしろ設計」という手法があるんです。この設計をつかえば、耐震性能も向上し、市役所や病院といった防災の拠点になるような建物となります。技術的な解決方法の説明とともに、木造建築の良さをアピールしました。授業をうける教室以外の「混ざり合う居場所」を木造建築で実現しませんか、と。

使い手とつくり手、双方の思いが積み重なり、学生の居場所として機能する木造校舎の計画は進んでいきました。

「木」だから、つながっていった

FSC認証の木材を管理する九州林産の森

新教学棟の一部に、木造建築を取り入れた先進的なキャンパス計画。当初、木材は輸入材を半分使用する予定だったそうですが、2021年の春、コロナ禍の影響を受け、木材の輸入価格が2倍から3倍になるウッドショックが起きました。輸入材を使うことが難しい状況から、オール国産材にするなら大分県産材を使った地産地消がよいのではという話に。

太田さん これまでも大分県内の大学として、大分県庁との関係づくりを行っていました。新しい学部設立で学生数が増えることは大分県にとってもいいことですし、移住してくる学生を4年間で600人増やすことは一大プロジェクトじゃないですか。ですから、木造校舎の話が出てきたときには力をかしてくださったんです。

さらに、FSC認証(独立した第三者機関により、適正に管理された森林から産出した木材に付けられた認証)の「木」を使うことも、これまで築いてきた地域とのつながりから実現しました。九州電力ともさまざまな取り組みを行ってきた中で、そのグループ会社である九州林産の森からFSC認証を受けた木の納入が叶ったのです。大分県、九州電力と大学はそれぞれ、木材利用や環境に関して連携協定を結んでいきます。

太田さん FSC認証の付いた大分県産材を使用することは、国際大学としての理念や教育、地域とのつながりを深める上で非常に意義のあることだと感じました。「持続可能な開発入門」という授業があるんですが、その授業の担当教授に「グリーンコモンズ」の木造建築と九州林産さんの取り組みを事例として組み込んでもらいました。地域とのつながりを深めるとともに、学生が木や環境問題に関心をもち、社会的課題を解決するような人材として成長し、世界に巣立って行ってもらえればと期待しています。

地産地消と環境意識をもたらす「木」という素材に着目したサステイナブルなトライアル。APUのグローバル教育思想やSDGsへのコミットメント、そして、新学部の意義を強めるものになったのです。

永井さん APUは日本屈指の国際大学ですが、それだけでなく数々の国際認証を取得しており、非常に高い格付けを受けています。世界的に評価されている大学だということが分かります。

FSC認証も、世界的な環境認証で取得するのはハードルが高く、私たちも難しいかなと思っていました。ですが、APUの先生方はFSC認証についてもご存知で、九電さんとのつながりをいかされて今回、柱や梁、家具にFSC認証の木材を取り入れることができました。

FSC認証については、授業やギャラリー展示を通して、木の世界にも適正なトレードや管理というものがあって、その背景には違法伐採など世界の状況があることを学生へ直に伝えています。FSC認証が特別なことではなく、当たり前となるような、より良い社会づくりにつながっていく糸口になれたら素晴らしいことだと思います。

教室や寮もコミュニケーションが鍵

教学新棟「グリーンコモンズ」は木造棟を中央に据え、左右の棟に教室やコミュニティルームなどが展開されています。授業の前後など、教室と木造の吹抜空間とが行き来しやすく、学生たちがコミュニケーションしやすい造りが特長です。

学びのメインスペースである教室にも、さまざまなチャレンジが取り入れられました。

教室のある棟は鉄骨造だが、各教室のサインに「木」や補色を取り入れた柔和なデザインが映える。
ワークショップで生まれた対話型教室。議論の参加人数を素早く変化させる木製什器を開発した。(写真:繁田諭)

太田さん 従来は固定式の小さな机だったので、グループワークなどのアクティブな学びが多い授業の妨げになっていたんですね。それで、利用しやすい教室の仕組みづくりと使いやすい什器をリクエストしました。学生の意見を聞くワークショップも何回かオンラインで行って、教員や職員の方々も含め、みんなで考えていろんなアイデアを盛り込んだのが、この教学棟です。

永井さん まず学生の声に応えるためには、アクティブラーニングをベースとした授業ということで、それに見合う教室の形をつくることが何より最重要課題でした。学生と教職員の方々がコミュニケーションをとりやすいよう、活発なグループ討議や対話を促す什器、授業への参加や見学ができるギャラリー機能を持たせた教室もつくりました。また、多国籍の学生たちにリラックスしてもらえるように、温かみのある大分県産材を家具で活用しながら、色彩も互いを引き立て合う補色の組み合わせを取り入れています。

教職員の方々の声を受けて、教員研究室のあり方も熟考しました。それぞれの教員研究室の扉は大きな引き戸としてバリアフリーに配慮し、通常より廊下を広げ「イノベーションリビング」と名づけたコモンズな空間を生み出しました。

ここには、大分県産材によるキッチンや可動家具を設置して、教員同士が自由に使えて交流の場となるような動線をつくったんです。最初オープンすぎることに対して反対の声もありましたが、完成してみると扉を開放したまま使っていただいている先生方も結構多く、予想以上に交流がすすんでいるようです。さらに、計画にあたって、すべての場所において「多様な人のために多様な場をつくる」ことを意識しました。大学が目指しているインクルーシブ(包摂性)な空間を具現化できたのではないかなと。生きた教材、生きたショールームとして有機的に使っていただければ嬉しいです。

授業外学習の時間には、「グリーンコモンズ」のあらゆる場を活用できます。

里山を望むグリーンコモンズの2階。普段は学生たちの休憩場であり、可動式の木製仕切りで授業やイベントなど目的に応じた使いかたができる。

太田さん 海外の先生も多いので、うちでは授業外学習も活発です。だから、フリーのミーティングルームをたくさんつくりたかったんですね。これまでも図書館の中にはあったんですが、緩やかに気配がつながる木の空間ができ、とても評判が良いです。

2階や3階にも多目的に使えるギャラリーやミーティングスペースが設けられているので、学生たち自身がアイデアをいかしてどんどん活用していってほしいですね。

そして、新しくつくられた学生寮「APハウス5」での生活も、「コミュニケーション」をコンセプトにさまざまな工夫が取り入れられています。

新学部設立とともに拡充された寮「APハウス5」。新一年生を対象に入寮できる。

太田さん 学生にとってAPUは、いろんな国の学生と交流して、葛藤を乗り越えながら成長するところ。それが基本的なコンセプトです。それをどこでやるのか具体的にイメージしていくと、当然ながら1つは教室の授業、もう1つは生活をする寮になります。寮でも寮室から出てコミュニケーションをとるようにという設計思想のもと、広い吹き抜けと、キッチンやプレイルームなど各階に異なる機能をもつ共同設備を置いてるんです。上下階を行き来しながら、混ざり合い、国際交流できるような仕掛け、アイデアをかたちにしてもらいました。

木質空間が秘めるポテンシャル

新しくできた教室と寮、そして、以前から必要としていた学生の居場所。完成後、キャンパス内の人の流れは大きな変化を見せたと太田さんは話します。

22時まで開放されている「グリーンコモンズ」。

太田さん 授業が始まる前の朝活や授業の合間、夜の時間帯もキャンパスに留まり「グリーンコモンズ」で過ごす学生が増えているのがわかります。APUという教育環境を考えてみると、例えばアメリカに行ってアメリカ人ばかりの環境で過ごすわけじゃなく、日本に来て、アジア人をはじめ世界中100ヵ国以上から集まった人間がいるわけです。そうすると、異文化や慣れない言語に触れて、きっとストレスを感じてくるはずなんですね。

そういう意味で、学生たちがここに集まってくるのは、数値化はできないけれど、「木」がもたらす雰囲気や居心地のよさからだと思うんですよ。教えなくてもカウンターや大階段も自然といい使い方をしていて、先生に使い方を教えてあげたりしてるんです。そんな姿を見ると、最初に木造建築?どうして?と疑問に思っていたことが不思議に思えます。

APUの新たな学校施設には、利用者への心配りと「混ざり合い、いきいきと学び合える」というインクルーシブな精神がしっかりと反映されていました。

新学部のコンセプトにふさわしいサステイナブルな木造・木質空間は、生活を通して学生の成長を助け、施設整備の費用を上回る価値をもたらすのではないか。そんな近い未来のキャンパスの姿が鮮やかに思い描けるお話でした。

次回は、具体的な設計デザインと仕掛けに込めた思いについて。竹中工務店の金井さんが登場します。

Text:前田亜礼
Photo:ココホレジャパン

\フォローはこちら/
  • キノマチフェイスブックページ
  • キノマチツイッターページ
メールマガジン
第1・第3木曜日、キノマチ情報をお届けします。
上のフォームにメールアドレスを入力し、登録ボタンをクリックすると確認メールが送信されます。
確認メールの本文にあるリンクをクリックすると登録完了です。
メールマガジンに関するプライバシーポリシーはこちら