木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

東京メトロ東陽町駅から階段を上がり、永代通りを千葉方面に向けて少し進むと、ビルとビルのぽっかり空いたところに「森」が見えてきます。

この「森」は、1969年に竹中工務店の技術研究所(東陽町インテス)として建てられた建物の敷地の一部で、長らくまちと分断された場所でした。しかし、昨年開業50年を機に、新たな段階の開発を考えることになります。駅から徒歩約1分という立地性や都会にありながらボリュームのある木々があるという希少性を踏まえ、50年育んだ「森」をまちへ開いていきたいと考えました。

こうして「Open Intes to Town(東陽町インテスをまちにひらく)」をコンセプトとして銘打った「Toyocho green+」(以下ぐりんたす)は、まちと「森」を隔てた囲いを取り払い、緑豊かな景観をまちに開き、改修した既存建物と新築した木立の中のカフェ、そして「森」で構成された複合施設としてリニューアルしました。

交通量の多い永代通りに面するぐりんたす。奥の既存建物が見えないほど噎せ返る緑がまぶしい。

ちょうど交差点のところにある新たな「森」への入口、ウッディな階段から、いきいきと育つ木立のデッキを抜けて、新設されたカフェ「good coffee」へ。洗練されたデザインと自然がもたらす清廉な空気に、都会の喧騒から一瞬で森の中へトリップするという体験が叶います。

まちに安らぎというグリーンをプラスする、新たな場のなりたちから役割まで、デザインを担当した竹中工務店の設計者・花岡郁哉さんにお話を伺いました。

花岡 郁哉(はなおか いくや)
竹中工務店東京本店設計部副部長。これまで、住宅・ホテル・オフィス・店舗・学校等の設計を担当。代表的な作品として、CORNES HOUSE、Mercedes me Tokyo、EQ House、naoto.K(デザイン監修)、リバー本社(旧リバーホールディングス両国)、第一生命新大井事業所、池袋第一生命ビルディング、仙台中央第一生命ビルディング、Miu Miu Aoyama(実施設計)、ユニクロ TOKYO(実施設計)、ユニクロ前橋南インター店、ハナマルキ味噌づくり体験館、日本海事検定本部ビル、カンダホールディングス本社など。受賞歴として日本建築学会作品選集新人賞、東京建築賞最優秀賞、日本建築士会連合会作品展優秀賞、日本建築家協会環境建築賞最優秀賞、日事連建築賞、BCS賞、グッドデザイン賞など多数。

ここで、安らぎ的な部分と賑わい的な部分が両立するんじゃないか

“地域のみなさんが気軽に利用できる、愛され施設になりたい”

豊かな環境を地域住民に体験してもらうにはどう設計するのがベストかを考え抜いた花岡さん。それは「森」を覆う囲いを取り払うだけで実現できるような、容易なことではありませんでした。

花岡さん「ここの森は、愛でるだけの緑ではなくて、もう少し自然環境と人が重なり合うような環境をつくりたいと考えました。

<静かな>森の中で人々が<賑わう>という、安らぎ的な部分と賑わい的な部分が両立するんじゃないかということで、そういった風景が東陽町駅前にできることが大事ではないかと考えました」

木立に囲まれ自然を感じながら、人々がほどよく賑い、都会の喧騒もかすかに感じる。今までなかった状況をインストールするためにコワーキングスペースとしてリノベーションする既存建物の手前に控えめな建築を作ろうと思ったそう。

小上がりを階段で登り、ウッドデッキの先にある「木立の中のカフェ」。

そして、東陽町駅前の交差点と建物の出入口とをデッキで繋ぎ、樹木を経由してオフィスの入り口へと至る導線を新たに設けました。その間に生まれた三角形の場所に豊かな緑に包まれたカフェを設置。

花岡さん「東陽町駅前の交差点から階段を上がってダイレクトに森の中を抜けて建物に入っていけるルートをつくることで、ぐりんたすや、その周辺へ訪れる人々が、毎日の生活の中で必ず一度は「森」を享受できる導線がつくれます。

この導線には地域の方々がくつろいでいただけるようなカフェを設けました。ここを訪れるきっかけづくりです。森の中のカフェの周りにはウッドデッキを敷き詰め、森の中で過ごせるようにしました。

建物づくりにおいて、通常は、店舗を前面に出すという考え方もあるんですけども、今回はあえて緑の方の印象を優先しています」

木漏れ日が気持ち良いウッドデッキ。

花岡さん「今回は既存の場所のリノベーションでしたが、目的に向かって少し手を加えるだけでだいぶ意味合いも変わってくるなと実感しています。

自然を享受してほしいという建物ですから、既存の樹木を測量して、樹木をなるべく残すような形で設計しました。木立のような木造軸組、木製サッシによる大開口などを採用し、鉄骨やRC造などでつくるよりも木造の方がより小さなプロポーションで全体を構成することができました」

元からある木を極力切らない工夫が意匠に。

花岡「森の中にいる体験が目的なので居住空間にもこだわりが随所にあります。
店内に地面とつながる「プランター」を設置したのもそのひとつ。屋内にそのようなプランターを置くことの大変さを思い知りましたが(笑)、土の中で冷やした空気を店内に運ぶ空調としての役割もあり、この空間が実際地球に繋がってるという設計をしています。

あと、「森」なので、虫など生息しています(笑)。コーヒーを飲んでいるときに虫がいると不快になってしまいます。そこで網戸を設置しました。ただの網戸ではなくて、植物のパターンをイメージできるような特注品です。ここちよい風は感じられつつ、虫は来ません(笑)」

特注の「網戸」は、心地よい風だけでなく、日差しも柔らかくする。

花岡さん「床に敷いたタイルなんかも、ここの植物が描かれているんです。

この森の植物を朝、切り取らせていただいて、その日のうちに新幹線に飛び乗って岐阜県のタイル屋さんの工場に植物を持ち込み、埋め込んでもらって焼いたものなんです」

ぐりんたすの植物が描かれた特注のタイル。細部のこだわりに愛を感じる。

花岡さん「あと、既存の樹木も、やっぱりどうしても切らないといけない木が、多少出てきましたけども、やむをえず伐採した樹木も、ペンダント照明やベンチに使いました。ベンチは、真四角ではないです。かなり歪んでいます。むしろそういった自然の状態のほうががいいんじゃないかということで、そのままの形を採用しました」

美しい照明もここの木材を用いた特別仕様。

人を自然に近づけるためのアイデアを丁寧に重ねていくことで、人と自然環境ができるだけいい形でぐっと近づき共存できるようになったのがぐりんたす。

ひとが自然を感じ、五感を満たす仕掛けを最新の技術とセンスを持って随所に備えているのです。

「ひと」と「自然」が主役の建築は、自然とこんなかたちになる

あの美しい網戸は天窓にも。室内においても「森」の空気感をつくることに寄与している。

花岡さんは基本設計の段階で、建築としての「在り方」を、とても悩んだといいます。

花岡さん「いろんな人たちが、リラックスして一緒に過ごせる空間を作ることって、自由で寛容な社会にとって、大切だと思います。そのために、建築についても、いろんな考え方を受け入れたデザインをしてみたい。山小屋的なものと現代建築的なものと、両方否定しないで融合できないかっていう挑戦をしたつもりなんです。だから、山小屋的にも見えるけど現代建築としても成り立っているという。

抽象的と具体的、両方入れて、偏見を持たずに、優劣つけずに、全部フラットに設計することを実行しました。

そうすると、この建築を使っている人や自然、そういうものが主役になったんです。すごい、ちっちゃい建物なんですけど、力を込めてそこを突き詰めました」

室内なのにまるで木漏れ日の下にいるような。人がいることでより「森」らしくなる建物内。

みんな幸せになる建築とは、循環型社会でも、経済合理性でも、デザイン性でもない。人と自然が触れ合う機会が生まれる場所。花岡さんがここで答えを出したんじゃないか、そんなふうに思えた空間です。

ぐりんたすは、既存の森をまちに開くところからはじまったプロジェクト。ここは「森」が森のままで居られる建物であり、居心地のよい木立を室内まで地続きにした、稀有なデザインです。

花岡さん「この建物がまちに与える影響って、体感としてわかるのは多分数年後です。そういう建物ってやっぱ面白いですし、これから建てる建築は、まちに作用していくものであるべきだと思います。

よく「木は香りがいいよね」って言ったりしますけど、木の思い出って、DNAに刻まれていると思うんですよね。みんな、木への憧憬は絶対あると僕は信じています。それを持っている人が働いたり暮らしたりしている場所に、森があったら、ぜったいにその場所は素敵になるに違いないんです。

言葉が生まれる前からきっと僕らは木と接している。だから、僕らが持つ、この感覚を言葉で表現しきれないし、言語化できない、言葉にできない。だから感じてもらうしかないんです」

「木はなるべく切りたくなくて、そんなふうに建物をデザインしたのははじめてです」と花岡さん。花岡さんのお気に入りである左の木も木立のカフェですくすく育ち中。

また今プロジェクトは、一企業の保有地を公共へ開放したことも大きなトピックです。行政主導で緑化は推進されていますが、民間の持つ森は、都会でも地方でも意外と多いといいます。民間がまちに開いていくことが、まちで自然を享受していくためのキーになると花岡さんはいいます。

花岡さん「民間が保有地を開放した時の公共空間と、行政が作った公共空間って、どこか違うんですよね。どちらがいいというわけではなく、両方ハイブリッドで、まちにいろんな役割のある場所を作ったほうがみんなそれぞれ居場所を見つけることができるんじゃないかなって思っています。

僕、昔、とあるプロジェクトで広場を設計したんですよ。公園みたいな空き地で。そこは民間の施設だったので、安全性は確保しながらですが、普通の公共の場じゃありえない角度で土とか盛ったりして。竣工後に見に行ったら、子どもたちが面白がって遊んでくれて、いい空間になりました。

後に、行政が民間からその場を購入したんですよ。整地せずにそのまま今もその状態で公園になっています。あの空間は、行政でもなく、民間でもない、不思議な公共空間になりました。

寛容であることと、個性があることが両立するって思っているのは私だけじゃないはずです」

今度は、まちとひとが「森」を育て合う

木造は、森林グランドサイクルの観点では木材をどれだけ多く使うかが注目されがちですが「ここは木を使うことが目的じゃなくて、自然と人の接点を作るために木造にした建物だから、建てたあとに起こる「こと」に注目してほしい」と花岡さん。

花岡さん「建築って竣工したらそこから経年変化が進み、竣工がピークみたいなところがあるじゃないですか。

ですが、木造は、建てたときよりもソフト面の可能性がどんどん広がっていきます。ここは、いままでの建物よりコミュニケーションが増えていく気がします。そういう物語のつづきを想像できる建物ですよね」

ぐりんたすのもうひとつの大きな魅力は「ソフト面」と言い切る花岡さん。その役割を担うのが竹中工務店開発事業本部の後藤倫太郎さんです。

竹中工務店開発事業本部 後藤倫太郎さん(右)

後藤さん「まちに森を開くのはあくまで「きっかけ」であり、建物をつくるだけでなく、この建物や周辺に関われるような仕掛けをしていくつもりです。

竹中工務店は「まちづくり総合エンジニアリング企業」として、東京本店のある東陽町に貢献していきたい。こういう形で地域と連携をしながらまちを盛り上げていくということが1つ大きなステップだと感じております」

カフェのとなりの敷地には電源を設け、緑地帯の中にキッチンカー用の駐車スペースをつくりました。ランチタイムを楽しむひとで平日休日問わず賑いを生み出しています。

また、2023年10月21日のオープニングイベントをはじめ、ブックイベントなど地域住民と協働のイベントを企画・開催しました。最近は5月18日から2日間に渡って、ぐりんたすが竣工して2回目となる「東陽町マルシェ」が行われました。

東陽町マルシェのようす。

2024年5月にはぐりんたすの敷地の北側にコミュニティガーデンがオープン。ここのグリーンはレインガーデンとしての機能を有しており、地域の防災性を高める役割を果たします。そして「みんなのお庭」として苗植えワークショップなども行い、地域住民が自然を享受する場から「育てる場」としても機能しはじめています。

コミュニティガーデンでの苗植えワークショップ、ぐりんたすを起点に、みどりがまちに溢れはじめている。

「森」が地域住民に開かれたことで江東区東陽町は「キノマチ」になったと思ったのはわたしだけではないはず。キノマチは、まちにただ自然を増やすのではなく、緩衝材のようなひとと自然の<関わりしろ>が大切だと考えます。そんな場に、ぐりんたすが有機的に機能しています。

森林の生態系と同じように、周囲とまったくかかわらずに生きられる生物はいません。どうせならば、持続可能で幸福な環境を育て合える関係性をまちでも築きたい。

その土壌が、東陽町に整いつつあるのです。

Photo&Text:アサイアサミ(ココホレジャパン)

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