木造・木質ファンとは「キノマチプロジェクト」が注目する木造・木質建築をキノマチ目線で味わう、建築カルチャーマガジンです。
木造建築物がもたらす心身への影響力は絶大
「木造の病院がある」と聞き、やってきたのが千葉県柏市、新柏駅のほど近く。モダンで開放的な大きな窓が印象的な木造3階建ての建物が目に映ります。ここは、120床の人工透析病床を有する「新柏クリニック」。耐火集成材「燃エンウッド®」を用いた初の医療施設として2016年2月に新築されました。
2、3階の透析室には、燃エンウッドの柱や梁が門型状に等間隔に立ち並び、広々としたフロアの中で圧倒的なボリューム感を演出。木の香りに包み込まれた内観は清潔感があり、温もりや親しみも感じられる木質空間になっています。
「患者さんは透析治療で週3回、1日4時間ベッドで過ごす必要があります。だからこそ、負担感やストレスを軽減でき、心身ともに安らげ、癒やされる空間を提供したかったのです」
前院長の木村靖夫氏は木造・木質化にこだわった理由をこう語ります。
木村靖夫 Yasuo Kimura
千葉県出身。1987年から東京慈恵会医科大学附属柏病院に勤め、腎臓・高血圧内科診療部長を経て2004年3月退職。同年4月から医療法人社団中郷会新柏クリニック院長、2014年9月退任。現在は中郷会アドバイザーとして診療に従事。
建て替えに伴い、木村氏の脳裏には、かつて秋田県で見た、秋田スギの巨木を配した木造公共建築物が浮かんでいました。
「ただ、病院の建物として、すべてを木造にすると開口部が大きく取れず、ピンとこない、近代的な建物に見えない」との思いがありました。
2年かけて全国の先進的な透析施設を見学。しかし、圧倒されるものがなく、鉄筋コンクリート造で話を進めていた時、燃エンウッドと出合います。
「国内で初めて木造耐火構造を採用した、横浜の大型商業施設を見て、これだと直感した」
患者さんからは「香りがいい」「前向きになれる」「透析するならここしかない」「こんな空間で透析してもらえてありがたい」といった声が多く聞かれ、旅行で訪れた患者さんに「こんなにきれいな施設で治療したことがない」と言われたことも。
快適な治療環境は働くスタッフにとっても心地よく、結束力やモチベーションアップにつながり、これまで悩みの種だった看護師不足は一転。過去に例がないほど応募が増えました。 木村氏は「当初予想していた以上の波及効果が得られていると実感しています」 と力を込めます。
燃エンウッドは現代版の大黒柱
前院長の木村氏は、一室空間の透析室に立ち並ぶ燃エンウッド柱を見て、「実家は茅ぶきの木造で、黒光りする大きな大黒柱を見ると心が落ち着いた。あの時と同じ気分になれる」と言います。
設計に1年半。
「最初のうちは、こんな設計打合せがずっと続くのかというプレッシャーが大きかった。でも、どんどん楽しくなり、最後は終わるのが寂しくて」と振り返ります。
コスト重視ではなく、患者さんの役に立つこと、病院を少しでもよくするためには何が必要かを常に考えながら理想をとことん追求。完成した新クリニックは、木村氏が尽力してきた地域医療の集大成ともいえます。
「今や、共感や感動につながるイメージでモノを買う時代。病院も同じで、木を使用することで安らぎ感、アピール度が向上しました」
医療施設の中でも国内屈指の大型耐火木造建築物として注目を集め、見学も相次いでいるそう。施設としての魅力が高まったことで他との差別化を図ることにもつながります。
医療業界においても大きな影響力を持つ木造・木質建築。今後さらに普及していくためには何が重要なのか――という問いに対し、木村氏は「患者さんに『癒やされる』というイメージを与えられること。だからといって、すべてを木造にする必要はなく、そう感じられる場所にどんどん木材を利用していくことが求められます」と答えます。
建物南側に整備した「めぐりの庭」には、地域に自生するのと同じ種類の樹木を植栽。遊歩道も設け、患者さんの運動療法の場に。建物周囲の植林が大きく育ち、庭には緑があふれ、その先に残っている自然林ともつながり、一帯が緑に包まれています。
「透析室からも窓ガラス越しに四季を大いに感じられ、辺りは近隣の方々の散歩コースにもなっています。みんなが癒しを求めていることを感じます」と木村氏。患者さんにとっても地域にとっても、病院というものの意識や存在意義が変わりつつあります。
建築概要
設計施工 :竹中工務店
建築地 :千葉県柏市
竣工 :2016年1月
規模 :地上3階,塔屋1階
建築面積 :約1,245㎡
延床面積 :約3,132㎡
木材使用量: 燃エンウッド 144㎥
text:内田亜矢子 photo:小禄慎一郎