北欧の国・フィンランドは世界一の森林率を誇る森と湖の国。日本もスウェーデンに続き、世界3番目の森林大国ですが、フィンランドと日本の「キノマチ度」は大きく違いがあります。
森林そのものが社会課題になっている日本と比べ、フィンランドは木材・林業が国の主要産業であり、私有地の木であっても樹齢70年以下は伐採を禁じるなど森林の生態系を守るための厳しい法整備がなされています。また国民は「自然享受権」という、自然の恵みを誰もが楽しむ権利が認められています。
フィンランドの人が生きるうえで欠かせない「森林」「木」をめぐる林業・木材産業、そして木造・木質建築について、現地からの目線で語っていただき、日本で実現したい「キノマチ」のヒントを見つけたいと思います。
著者:山口一紀
森と湖の国と言われるフィンランドは、国土の約7割を森林が占め、歴史的に豊かな「木の文化」を育んできました。現在、環境意識の高まりや新しい木造技術であるマス・ティンバー*の普及などにより、フィンランドの「木の文化」は、大きな変容を遂げつつあります。この記事では、私、山口一紀が2013年から7年間、フィンランドの設計事務所「OOPEAA(オーペアー)」に勤務する中で直接目にしてきた「木の文化」の現在について、その建築作品を通してご紹介したいと思います。
*マス・ティンバーとは:複数の木材を組み合わせた、コンクリートや鉄骨などの構造物に匹敵するような強度を持つ集成材
フィンランドでマス・ティンバーの利用が大きく広がるきっかけとなったのは、2011年の耐火基準の見直しでした。それまで木造建築は4階建、高さ14メートルまでと制限されていましたが、2011年の改正で、木材の耐火性能の再評価やスプリンクラー設置基準の見直しなどにより、8階建、高さ26メートルまで認められるようになりました。
背景にはフィンランド政府主導の木造推進プログラムである「現代都市木造化計画(MODERNI PUUKAUPUNKI HANKE 1997-2013)」があり、同プログラムのパイロット・プロジェクトとして、フィンランド中西部の都市ユバスキュラに「プークオッカの集合住宅」がOOPEAAにより計画されました。
クライアントは不動産開発業者「LAKEA」。8階建て3棟構成で、全棟の延べ床面積は約18,000平米、2015年の第一棟竣工時点でフィンランド国内では最大規模の木造集合住宅となりました。このプロジェクトの特筆すべき点は、CLTを利用したモジュラー工法と呼ばれる建設方法にあります。工場で作られた住戸ユニットを建設現場で積み重ねていくことで、高度な品質管理を可能にしながら、建設期間を短縮することに成功しています。
OOPEAAではプークオッカに続くCLTモジュラー工法プロジェクトとして、2017年にフィンランド東部ヨエンスーに「ピハペタヤの集合住宅」を完成させ、2020年現在、南部の都市ポルヴォーにおいても、集合住宅「コータ」の計画が進行中です。
コータは延べ床面積約2万平米におよぶ大規模な計画ですが、そのスケールを伝統的な木造建築が数多く残るポルヴォーの街並みに調和させることをテーマとしています。このように、OOPEAAはプークオッカの集合住宅以降、実績を重ねるにつれて、国内外でより多くのCLTモジュラー建築の相談を受けています。
新しい木造・マスティンバーの利用は、集合住宅にとどまりません。
フィンランドといえば、サウナ。フィンランド人の暮らしにとってサウナは絶対に欠かせないものです。日本人にとって茶室がそうであるように、サウナはフィンランドの精神性の表現であり、「木の文化」の中心にあるものといっても過言ではありません。そのサウナは近年、都市におけるコミュニティ意識を高め、地域を活気づける施設として注目を集めています。
2018年からOOPEAAが計画を進める複合温浴施設「アッラス・シープール」プロジェクトも、そうした新しいサウナの形のひとつです。 サウナに加えて、海水プール、温水プール 、レストラン、イベントスペース、誰でもアクセスできる大きな屋外デッキスペースを備えた施設で、「ノルディック・アーバン」というコンセプトのもと、都市環境の中でも、太陽・風・海といった自然を感じつつ、人々が集まり地域に活気をもたらすことをテーマとしています。
夏には屋外デッキで太陽を全身に浴びながら飲食を楽しみ、長い冬にもサウナと温水プール、屋内イベントスペースなどを利用するなど、一年中にぎわいを創出する仕掛けが施されています。
アッラス・シープール はヘルシンキの第一号店(設計はフットゥネン・リパスティ・パッカネン)の成功以降、海外展開にあたりOOPEAAがグローバル・コンセプトモデルを設計。それに基づきフィンランドの中核都市トゥルクやオウル、スウェーデンのストックホルムなど、欧州諸都市で計画が進んでいます。
フィンランドでは、このような公共性の高いプロジェクトのデザインにおいては、多くの人々を呼び込むため、大胆かつ温かみのある空間のイメージが求められ、また、環境配慮といった視点からも、マス・ティンバーが積極的に利用されています。
新しい木造技術が広がる中でも、OOPEAAではフィンランドに古くから残る伝統構法も積極的に取り入れています。首都ヘルシンキの市街地からフェリーで10分たらず、バルト海にぽつりと浮かぶ小島、ロンナ島に計画された「ロンナ・サウナ」はその一例です。
ロンナ島には19世紀の歴史的建造物が残されており、その歴史的な文脈に馴染むよう伝統的なログ構法が採用されました。建物全体に無垢の木材の力強さと温かみが感じられ、昔ながらの「木の文化」の伝統が生きていることを肌で感じられる場所となっています。
世界中で新しい木造技術に注目が集まる中、その受容の仕方は国により様々ですが、コストや法規制など、木造の普及に向けて乗り越えなければならない課題の多くは共通しています。
フィンランドでは先駆的な木造事例が多くみられ、新奇性ばかりに気を取られがちですが、古くからある木の文化をどう継承し発展させていくのか、という課題に対しては、答えを模索し続けているように思います。技術革新と伝統が共存する、生きた「木の文化」のありかたは、日本のそれと重ねて考えることができるのではないでしょうか。
山口一紀(やまぐち・かずのり)
1984年神奈川県生まれ。2009年、中国、日本での設計事務所勤務を経て、2013年から2020年までフィンランドの設計事務所OOPEAA(オーペアー)に勤務。2020年日本に拠点を移しStudio Moopy設立。
監修 Anssi Lassila(アンッシ・ラッシラ)
1973年生まれ、オウル大学建築学部教授。フィンランドの伝統に根差しながら、新しい技術・方法を取り入れた建築に取り組む設計事務所OOPEAA(オーペア―、https://oopeaa.com/)を2001年に設立。欧州現代建築賞ミース・ファン・デル・ローエ賞のショートリスト(2005年、2011年、2017年)はじめ、フィンランド国内外での受賞歴多数。
企画・編集:坂口大史(日本福祉大学)、山口一紀(Studio Moopy)、小林道和(竹中工務店)