木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

2020.04.22
奈良女子大学「木の未来を見据えた研究室木質改修プロジェクト」前編

木造・木質ファンとは「キノマチプロジェクト」が注目する木造・木質建築をキノマチ目線で味わう、建築カルチャーマガジンです。

歴史ある女子大学の研究室を木質化する

画期的な木質改修プロジェクトがあると聞き、奈良県奈良市を訪れました。奈良県といえば500年続いた吉野林業が有名です。室町時代にはすでに人工植林の経験があったといわれ、戦国時代以降は神社仏閣や城郭の建築用材「吉野杉」は良質な木材として重宝されてきました。

春日大社、東大寺など昔から木材を多用していた木材大国奈良。
世界最大の木造建築、東大寺大仏殿。

木を使った建築の聖地とも呼ぶべき奈良で、画期的な木質改修プロジェクトの舞台となったのは東大寺から徒歩10分ほどのところにある奈良女子大学です。

1908(明治41)年に設置された奈良女子高等師範学校(現・奈良女子大学)
上の写真は国の重要文化財に指定されている奈良女子大学記念館です。
とても美しく趣のある建築。
★奈良女子大学公式HPより借用

本日、愛でるべき木質空間があるのは、奈良女子大学住環境学科の瀧野研究室です。建物はRC造の、いかにも学校らしい校舎の4階にあります。

驚きのビフォー・アフター

まずはこの写真をご覧ください。

before
after

無機質で、スチールの棚がいかにもを醸し出す研究室が、吉野桧材の柱と梁を挟んで組み合わせるシンプルな架構の棚を設置することで木質空間に。そして扉を開けた瞬間からフワッとヒノキのいい匂いがしたのも特筆すべき点です。

ふんだんに木を使っていながら木の“圧”を感じさせず、部屋が広々と感じられるのも印象的。

研究室の木質化を計画したのは、この研究室の主・瀧野敦夫先生。そして設計は竹中工務店で建築設計に取り組み、個人の活動として奈良吉野林業の木材資源活用に関わる佐野亮さん。そして吉野杉の材を提供したのは吉野で製材所を営む、吉野中央木材の石橋輝一さん。このお三方に研究室の木質改修プロジェクトについてお話を伺います。

左から、瀧野さん、佐野さん、石橋さん。

瀧野敦夫 Atsuo Takino
兵庫県出身。2005年大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻助手、2012年奈良女子大学生活環境学部住環境学科講師を経て、2018年7月より准教授就任。博士(工学)。専門は木質構造、耐震構造。

佐野 亮 Ryo Sano
兵庫県出身。ニューヨークの設計事務所での活動を経て、2014 年に竹中工務店に入社。都心部の大規模開発の設計に取り組む一方で、奈良・吉野林業の木材資源活用に関わる調査をもとに、大学と企業とまちが連携した、地方と都市の森林資源循環の関係の構築を進めている。

石橋輝一 Teruichi Ishibashi
奈良県出身。1978年生まれ。高校まで奈良県で育ち、大学は北海道へ。卒業後、大阪の建設会社に就職、その後上京し、テレビ番組制作会社のADなど、さまざまな経験を経て、27歳のときに吉野中央木材3代目として帰郷。

研究室と未来を明るくした木質空間

瀧野先生が佐野さんに研究室の木質空間を相談したのは2019年のこと。

瀧野先生からのリクエストは、

・収納量を確保し、南側から室内への直達光をカットする棚の構築すること。

・工事現場で使用された足場板を一部活用すること。

・学生が施工できる簡易なディテールとすること。

・今後、学校の木質化提案を見据えた木架構のユニットを考えること。

というもの。

佐野さんが設計した教員ルーム。

佐野 こうした与件から始まったのが〝kumi〟「奈良の伝統建築に倣った、冗長性ある架構による木質化改修」です。

奈良の伝統建築である正倉院の校倉造や大仏様(だいぶつよう)の東大寺南大門の架構は、柔軟かつ剛強にその規模に応じて構造ユニットを変形させることができます。年度による在籍学生の増加、論文など紙媒体の資料群に対応するため、吉野材によるフレキシブルな架構を考えました。

佐野さんが設計した学生ルーム。

瀧野 まずは見た目のよさが一番。どこの大学でもそうですが、普通の研究室は無機質な空間です。これだけの木材が使用されることで、かなり印象がよくなりました。あとは、学生がDIYを行ったことによる達成感や誇りのようなものを感じ取ってくれたら嬉しい。そのように思ってくれているかは未知数ですが(笑)。

木質化プロジェクトは部屋の荷物の運び出しから棚を設置するまで実質3日間でやり終えました。このように、簡単にDIYできるところが木材を使うメリットのひとつだと思います。

佐野 見た目でいえば、内装仕上シートは印刷技術の発展により、木の凹凸や香りまでプリントできるまでになっています。

先日、東京のとあるホテルのリニューアルによって復元された木質のインテリアを見ました。おそらく建替前と同様に、職人さんのひたむきな努力によって均一な色味や、木目が反復するよう整えられているのですが、ここでは純粋な木によって仕上げられているにも関わらず、現代ではかえって木が嘘っぽく見えてしまうような、反転的な状況がありました。

偽物が本物を追い越すという現代的な状況下では、本物が本物としての価値を示すことができるよう、設計者としても細やかな配慮が必要です。同時に私たちが「本物とは何なのか」を知ることが重要です。

特別な場所ではなく、日常の中で良い木材に手で触れ、鼻で香りを感じ、目で確かめることで普段から「木とはどういったものなのか」を理解できることのできる場所で、そこに住まう人の感性を整えていくことも大切。それを私は「木材リテラシー」と呼び、広く一般に底上げしていくことが重要だと考えています。

実際に研究室を使う大学生は「最初はいい匂いがしていたけれど、(その環境に)今は慣れてしまいましたね」とのこと。本物の木に囲まれ、こんなに清らかな木の香りに慣れてしまうなんて、考えてみたらとても贅沢。そして木質空間づくりを通して「のこぎりを使うのにもれました」と。まだ実証中とのことですが、のこぎりを使えるJD…推せます。

瀧野 予算は木材費だけで20万円ほどです。プレカットまでやっていただくと金額がかさんでしまうので、ある程度はこちらで手を動かしました。だから木材がずれている部分もあります。

通常の建築物であればゆるされない“ゆるさ”も、学生とつくった物語によって、ポジティブに受け取れるようにも感じます。

木ユニットによって収納量を効率的に拡張し、精力的な研究活動に必要な資材や資料を収納する十分な格納量を確保。また、木ユニットが南側からの室内への直達光をカットすることで、カーテンを締め切ることなく、窓からの景色を楽しめます。

暗くて、無機質。大学の研究室のパブリックイメージを一新する木の存在感。瀧野先生はなぜ、研究室の木質化を目指したのでしょうか。改めて伺いたくなりました。

text:アサイアサミ

後編につづく

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