木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

未来のキノマチ事例・超高層建築「Smart Obelisque」とは

「キノマチプロジェクト」が注目する木造・木質建築を、建築主、設計者、施工者、それぞれの目線で味わう『木造・木質施工事例』ですが、今回はいつか、未来の施工事例になるかもしれない、夢ある建築物をご紹介します。
「テクノロジー、素材、プログラム、美学、空間組織の斬新な使用を通じて、垂直建築と自然環境および建築環境との関係を理解する方法に挑戦する先見の明のあるアイデア」に満ちた超高層建築を世界中の建築家が設計する歴史ある国際コンペ『2020 Skyscraper Competition』。

このコンペでEditor’s Choiceに選ばれたスマート・オベリスク(Smart Obelisque)です。

公園を立体化したようなフォルムが印象的。超高層ビルの目下に広がる公園は新宿を想定。

都市のなかにあり、まるで公園が天に伸びたような形状をしています。スケルトンは外骨格と内骨格で構成され、外骨格は内部構造を支え、外部環境から保護する機能をもち、一方の内骨格はスケルトンでありながら、変化可能な構造で、細部を見ると、木が連なるように生い茂っています。そして建物そのものもひとつの大きな木のよう。

都市部の、ひとと木の関わり増やし、木をきっかけに新たなコミュニケーションを生み出したいキノマチウェブとしては気になりすぎる高層建築です。

設計者 松岡正明 Masaaki Matsuoka
1987年ニューヨーク生まれ。2013年から現在まで竹中工務店設計部。2019年より東京藝術大学大学院博士課程在籍。建築設計の傍ら、写真・映像の制作活動「MATERIALSCAPE」を行う。主な作品にDESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX(2018)、AIA JAPAN DESIGN AWARDなど。

この高層建築を設計した松岡正明さんにお話を伺い、「Smart Obelisque」が示す未来のキノマチの可能性を探りたいと思います。

新たな時代を象徴する高層ビル

この高層建築を設計した経緯を伺うと、それぞれの時代のシンボル的存在である超高層建築のデザインが歩んできた歴史を紐解くことからお話がはじまります。私たちが想像する「超高層建築」とは、100階余りの階が積層し、その中で大人数が密集して活動しているイメージではないでしょうか?

そうしたイメージは、権威の象徴、資本の集中投下や効率化の末に生まれたものであり、社会の構造や価値観、時代の技術と密接に結びついてきました。そんな在りかたを再度考え直すべきタイミングが来たのではないか、と松岡さんはいいます。

松岡さん 2020年という節目の年を迎え、新型コロナウイルスの影響など、あらゆる価値観がパラダイムシフトを迎えつつあります。

1つ目が「エコロジー」です。もはやエコロジーは、姿勢であるのみならず、資本主義と相乗した経済活動そのものであり、社会を動かす原動力になりつつあります。

2つ目は「労働・生活形態の変化」です。対面でのコミュニケーションは、イノベーションを生み出すには依然として重要ですが、リモートワークやフレックスタイムなど時間や場所に縛られない働きかたが普及するにあたり、均質かつ高密度なオフィスや住居は必ずしも必要でなくなるでしょう。

3つ目が「公共性の変容」です。公共性と聞けば皆が自制し、ルールやマナーを守る場所という、最大公約数的な考えかたをしそうなものですが、これからはそれだけでなく5Gなどの情報技術を活かして、人々の多様なニーズや状況をいかに相乗させたり、共存させるかという「最小公倍数」的な公共空間の在りかたが広まっていくと思います。

超高層建築というものが、時代のマイルストーンとなるようなものであるとすれば、いま、必ずしも高密度で権威的である必要はないと松岡さんは考えます。

松岡さん より柔軟で、新たな公共性の姿を体現するような「かたち」として「公園を立体化する」コンセプトに対して、かつてエジプトなどで記念碑的な意味で用いられてきた「オベリスク(obelisque)」と我々が迎えつつあるパラダイムシフトに対する糸口としての技術を表す「スマート(smart)」を重ね、新たな時代を象徴する「Smart Obelisque」として提案しました。

「超高層建築(ビルディングタイプ)」というものを、旧時代のレガシーにするのではなく、その時代を生きるための最善策を体現する存在に。その結果、生きた木が生い茂る、有機的なビルが描かれました。この「Smart Obelisque」からは、今を生きるひとへの思いやりが溢れ、建築の可能性へ挑戦する熱を感じます。未来でありながら、木という日本人がもっとも古くから扱うマテリアルを選んだ背景、木造・木質建築としての特色を松岡さんはこう話します。

松岡さん 今回の提案は、外側の鉄骨のスキンに木造ユニットを包んでいる構成によるものです。

これまでの高層建物がエレベーターや柱が床を貫く構成、例えれば脊椎動物のように中心に骨がありその周りを筋肉や皮膚が包んでいるという構成とすれば、今回の提案はカニなどの甲殻類のように外側に硬い殻があって内部に柔らかいものが包まれているという構成です。

この外側のスキンをつたって電気自動車とエレベーターを兼ねた都市交通そのものが立体化したような「EV(Elevator And Electric Vehicle)システム」によって人や物が移動したり、同じようにロボットアームが軽くて加工しやすい木材を運んで、内側の木造のユニットをタイムリーにつくり替えたりしています。

松岡さん 建物を自立させるような大きな力を全て木で負担するのではなく、外骨格としての鉄骨造のスキンに、木造の小さいユニットが寄りかかるような構成としました。

木材特有の軽量で加工性に優れる特性を活かしつつ、木材の構造としての力感は維持しながらユニットの大きさは小ぶりにすることで、人間的なスケールと木の関係を高層建築において保持することを意図しました。

さらにこれらの木造ユニットは、都市の森から調達された木材を加工してつくる伝統木造の継手や仕口を応用したジョイントによって組み立てられ、それらジョイントの形状によってユニットの形を時々の状況に応じてつくり変えていくというのが特徴だと思います。

これからまちに増やしていきたいもので高層建築をつくる

キノマチウェブ的に注目したいのは「伝統木造の継手や仕口を応用したジョイント」と「都市の森から調達された木材」であることです。

「伝統木造の継手や仕口を応用したジョイント」を採用した背景には、2019年に行われた竹中大具道具館でのAAスクールワークショップから影響を受けたそう。ニホンの伝統的な工法は「Smart Obelisque」にどんな叡智をもたらしたのでしょう。

松岡さん 私が所属する竹中工務店は400年以上の歴史と棟梁精神を持った会社であり、神戸に竹中大工道具館という大工技術を現代に継承する素晴らしい施設があります。

3年前、私はこの竹中大工道具館で、いま急速に発展しつつあるコンピューテーショナルデザインやデジタルファブリケーションといった革新的技術と、伝統的な木造建築技術の融合をテーマにしたワークショップを通して伝統的な木構造の「かたち」をアップデートすることはできないかと思いました。

そこで、建築の名門であり、150年の歴史を持つ英国の建築教育機関のAAスクールにオファーをし、2019年に世界16か国から28名の学生や研究者、建築やデザイナーなど実に豊かなバックグランドをもつ参加者を迎えてワークショップを実現することができました。

私はAAスクールの教員らと協力して、プログラムコーデイネターとしてワークショップのプログラムを考えました。

ワークショップは12日間にわたり、京都や奈良の古建築や吉野の山を見学しながら、熟練大工やデジタル技術のプロフェッショナルの指導の下に、参加者自ら日本の伝統的な木構造のエッセンスを取り入れアップデートした新たな「塔」のデザインを考え、実際に制作しました。

松岡さん 私が思っている以上に海外の人々の日本伝統木造に対する関心は高く、付箋が沢山ついた継手や仕口に関する英語の本を持っている参加者や、大工の動きや説明を丹念にメモに取るなど非常に熱心な参加者たちからの本質的な質問や疑問にハッとさせられる部分がとても多かったことを覚えています。

そもそも伝統的なものは、かつては先進的なものだったはずであり、両者は分断して対置して考えるものではありません。その溝が大きくなればなるほど先入観が先行して、互いが接点を持ち発展する可能性を妨げてしまうと思いました。

伝統と革新は時に互いを脅かす側面もあるわけですが、きちんと双方の特性に向き合い議論をしていく姿勢や体力が必要であると参加者の姿から学び、かつての伝統木造建築が長い時間の中でトライ&エラーを繰り返しながら、気候や風土、技術を統合し、似て非なるかたちを醸成してきたことを、今回の「Smart Obelisque」の提案においても再現できないかと考えました。

松岡さん ワークショップは12日間にわたり行われ、後半5日程度でデザインした塔を施工しなければなりませんでした。ところが実際に組み上げたのはものの1時間程度。建てながら調整するのではなく、ほとんどの時間を仕口と継手の加工と精度の確保することに費やすことでしっかり準備をし、手戻りを極力無くすという大工のプロ精神でした。

私自身、前半に、参加者に日本の伝統的な継手や仕口の特性をレクチャーしましたが、その種類の多さや役割、美意識にみなさん驚いていました。後半に参加者自ら「ノミ」など道具を手に取り、加工していく中で「接合部である継手や仕口の形状が全体の形状をそのまま決定する」ということを身をもって体験したと思います。

松岡さん 継手と仕口は、負担する力の方向や見えかたによって種類が異なります。私たちは建築をデザインする際にまず全体のシルエットを考えがちですが、継手・仕口の形状の組み合わせで全体がとり得る形態が記述できるわけです。

「全体」から「部分」を考えるのではなく、「部分」が「全体」に大きく影響を与えています。かといって一方通行ではなく、実際はこの部分と全体双方からの要求によって形態が決まり、伝統木造建築などはまさに気候や風土、文化が長い時間にわたってこの部分と全体の関係に影響を与えてきたといえます。

伝統木造建築では継手や仕口は水平・垂直に接合するわけですが、今回のワークショップでは垂直な柱と水平な梁を斜めの材として一体化する事で、いわゆるレシプロカル構造という捻るように力を伝えていく力学的にも視覚的にもダイナミックな架構になりました。

この形を木材の端部である仕口・継手の加工によって実現させています。仕口・継手の力の伝え方や材の角度をより自由にする事で、伝統木造のエッセンスを継承しながら形態や構造をアップデートできたわけです。

よりダイナミックになった一方、複雑な形状の検討や、実際に鑿(のみ)などの伝統的な「道具」を使って木材を加工する際に、図面や大工とのコミュニケーションや協業において3Dモデルやレーザーカッターなどの先進的な「道具」(ツール)は非常に大きい役目を果たしたといえます。

こうした部分と全体の関係からデザインし、自ら施工するというのは参加者にとって、普段のデザイン手法とは異なりとても新鮮だったとともに、最新の3Dや複数の変数(パラメーター)を変えながら形をデザインするプログラムがこうした手法と相性が良いことに気づいたと思います。

複数のパラメーター(変数)を設定し、塔の構造・環境・見え方などを検討。
ワークショップ参加者の集合写真。後ろ中央にあるのがワークショップでつくられた塔。

木造の超高層ビルを建てるには、都市の森林が必要

そして、「Smart Obelisque」をつくる材料は「都市の森から調達された木材」イコール地産地消。産地はそのビルが在る環境であるという考えかたでこのビルは構想されています。

松岡さん 今回の提案にあたって、材木を調達する都市の森林を新たに整備するというほうが良いかもしれないですね。既に「都市林業」という取り組みがありますが、まちの中の街路樹などを木材として活用する前提で維持管理したほうが効率的であるという考えかたです。

「Smart Obelisque」の敷地は新宿を選んでいますが、今回の提案に必要な樹種や大きさが確保できるかどうかは、より進んだ検討が必要だと思います。

例えばドイツのフランクフルトではフランクフルター・シュタットヴァルト(フランクフルト市の森)というものがあり、飛行機で上から見ると、緑の海に都市が浮かんでいるように見えるんです。

今回の提案では、都市に必要な材料は都市で調達し、スマートオベリスクの様子が都市の状態を示すバロメーターとなるようにとの意味も込めています。

木造先進国・ドイツの街路樹は日本のものと比べて大きさが桁違い。※この写真はフランクフルトではありません。

松岡さん また森林の育成スピードと建築の新築や改修のスピードを合わせることも必要なテーマかもしれません。

今後、東京のような大都市が人口減少や気候変動など様々な課題を前にしてどのように変容していくのかは非常に興味深いわけですが、私たちの知らないどこかから運ばれてきた材料やエネルギーを無尽蔵に消費するというやりかたから、私たちの生活が都市や環境に及ぼす影響をよく考えて、ともに成長し、成熟していく都市の在りかたを考える必要があると思います。

また「Smart Obelisque」は世界中の都市公園に建設されることも想定されています。都市や地域の状況の変化に応じたバロメーターとしての「かたち」と、その都市や地域の気候や風土に応じたスケール感や佇まいとしてのプロポーションを体現する「かたち」、2つの「かたち」に沿うと、「Smart Obelisque」は、各地域や時期ごとにかたちを変えるといいます。

松岡さん 木造伝統建築は日本や韓国、中国、アジア諸国において似ている部分を多く持ちながら、雨量などの気候や採取できる樹種の違いにより軒の深さや、形態としての表情がわずかに異なります

立地の状況や気候などなどの条件によって「似て非なるもの」としての「ちがい」が変化として現れることを提案しました。

私が大学時代研究していた北欧の建築家アルヴァ・アアルトは、木の使いかたとして建築史を代表するひとりで、彼は若いころにフィンランドのカレリア地方にある民家について「カレリアの建築」というエッセイを書いています。

フィンランドのカレリア地方の集落の木造の民家は、似ているようですべて屋根の勾配や部材の大きさが違う。いわば「わずかな差異」があるわけです。そうしたわずかな差異が重なり更なる差異をつくる一方で、どこか似ているという雰囲気がある。

人の人相のような「似て非なるもの」のちがいを研究する「観相学」という学問があります。

現在は急激に発達した情報技術や施工・加工技術を背景に、シンガポールやニューヨークなどの大都市で唯一無二のアイコニックな形態の建築物を建てる傾向にあるわけですが、一方でカレリアの建築のように「似て非なる」もの、「平凡の中の非凡」に地域や文化のアイデンテイテイを込めていくようなデザインの力が求められているように思います。

生産活動としなやかに結びついた技術

松岡さん自身、子どもの頃から家族と森林に遊びに行く経験があったといいます。そこで感じていたことは、好き嫌いという嗜好よりも「いつも何が大切なことなのかを確かめに行くような感覚」があったといいます。

松岡さん 木造は「生きた材料」を使うということの価値を見つめ直す機会になると思います。

ストーリーのあるマテリアルというものは、有限のサイクルを持った文脈から供給されるものだと思いますが、その有限で繊細なサイクルの恩恵として材料を使うことができ、自然と人間の関係をこれからも良好に維持していくためには、材料を量や性質のみで判断することをやめなければなりません。

私たちの食べているものや着ているもの、使っているものや場所や空間が長い歴史の文脈としてどこから来てどこに行くのかという思いを馳せ、後世に引き継いでいく姿勢こそが大事であり、そうした「気づき」が「木造」という切り口から発展すればよいと思います。

伝統木造建築がそうであるように、国や地域によって同じ木造といっても樹種や気候が異なることで構造や加工方法、道具の使い方が異なります。

現在は技術をふんだんに使い、これまで実現不可能だった有機的な形状をアイコニックに表現する傾向がありますが、これからは地域の気候や文化、私達の生活も含めた生産活動としなやかに結びついた技術の表象としての建築の「かたち」というものが問われてくると思います。

お話を伺い、あらためて、都市の超高層ビルの役割が変わろうとしていることが感じ取れました。ひとを集め、留めておくスペースだったものから、その機能を保有しながら、都市の活力を示すバロメーターの役割を担い、新たなクリエイティビティへ導く新時代のオベリスク。それを支えるために選ばれたのは「木造」そして「木質」。

古くてあたらしい未来を体現するもの「木」があることに、喜びを感じずにはいられません。

そして、「Smart Obelisque」がある未来を選びたいと、純粋に願います。

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