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2020.08.07
「桜の木のように、まちの風景になって欲しかった」大阪木材仲買会館 設計者・施工者の思い
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大阪の木場として栄えた長堀のまちにある大阪木材仲買会館。

日本初の耐火木造オフィスビル「大阪木材仲買会館」は、建設当時、耐火集成材を活用した大規模木造建築のさきがけとなる建物です。木をふんだんに使いながらナチュラルすぎず洗練された外観は、かつて木材流通の拠点であったまちのシンボルとして存在感を放ちます。

ここへはじめて訪れたとき、木の意匠が集結しているような木造建築だと思いました。大きな桜の木の向こうに、存在感あるさらなる木の佇まい。そしてうっとりする木肌の流れを生かしたモダンさ。

また、中に入ると、床も天井も壁も木で木のぬくもりであふれており、息吹が聞こえてきそうなほどたくさん使われています。そのどれもが綿密にデザインされており、自然が織りなす美しさのなかに芸術を感じるのです。素人目にも「これを設計したひとは只者じゃない」「これを建てるのは、とんでもない技術だ」ということは一目瞭然です。

そんな大阪木材仲買会館の、設計担当者である竹中工務店の白波瀬智幸さんと、施工担当者の平池拓美さんにじっくりお話を伺い、つくり手側の視点から木造建築を味わいます。

白波瀬智幸 Tomoyuki Shirahase
京都府出身。2002年に竹中工務店に入社。大阪本店設計部課長。2011年~2013年大阪木材仲買会館の設計を担当。直近の担当したプロジェクトに「山荘 京大和・パーク ハイアット 京都」、「てんしば i:na(イーナ)」。

平池拓美 Takumi Hiraike
福井県鯖江市(めがねのまち)出身。2004年に竹中工務店に入社。大阪本店作業所課長。2012年から2013年大阪木材仲買会館の施工を担当。直近の担当したものに「GLP吹田」、「追手門学院大学・中高総持寺キャンパス」。

徹底的につくりこんでやろうと思った

大阪木材仲買会館が大規模木造建築として実現した背景には「木材業界を励ましたい」というクライアントの強い思いを受けとめ、日々進化する木造建築技術の検証と検討をくりかえし、本物の木でビルを建てるための試行錯誤があったといいます。

まず、白波瀬さんと平池さんは「木材業界を励ますような」建物を、どんなふうに携わり、どんなかたちにしようと考えたのでしょうか。

平池さん 施工担当者として、僕がこの物件を担当することが決まったとき、ここを徹底的につくり込んでやろうという思いから入りました。お客さまの思い、設計者の思いが伝わってくれば、施工者のやりかたも変わります。大阪木材仲買協同組合のみなさまの熱意、そして設計者が白波瀬だからこそ、そういう気持ちになりました。

また、大阪木材仲買協同組合の皆さんは理事長含めみなさん木のプロなので、プロであるお客さまを唸らせるようなアウトプットをつくろうと最初から決めていました。負けたくないなという思いもあり。もちろん負けるんですが(笑)。

白波瀬さん 私は設計者として、立ち上げから最後まで関われた物件はここがはじめてでした。個人的な話ですが、私は人に喜んでいただけることを考えるのが好きなんです。「難しそう」「みんなやったことがない」という案件は普通に燃える話なので、没頭してできました。
大規模な木造建築はあまり事例がなくて難しかったのではないかと尋ねられますが、よほどのことがない限り、ひとつひとつ丁寧に組み立てていけば実現できると信じて取り組みました。

大阪木材仲買会館の大きな特徴として挙げたいのがファサードの曲面。桜を抱くように建つ様は木材業界を守る組合の姿にも重なる。

白波瀬さん 材木屋さんの会館で、木をどんなふうに考えようか試行錯誤の中、さまざまなアイデアがありましたが、建物を建てるずっと前からある桜の木を切ってしまったら後世祟られそうだなぁと(笑)。大阪木材仲買組合のみなさんはもちろん、地域住民のみなさんも毎年花見を楽しみにされていましたから。入学式帰りの親子が桜の木の下で写真を撮っていくなど、この桜が地域の風景になっているものだと感じていました。

そして、まちから見たときにこの桜の木があって、その奥に「材木屋さんだ」とひと目でわかるシンボリックな建物を建てたいなと。「これだけ木をふんだんに使っていたら、材木屋さんですよね?」とわかるくらい木を使いたい。桜の枝や根を守りながら、まちから見たときに桜の木とともにまちの背景になりたい。そのためのかたちを模索してフィットしたひとつの結果が曲面のファサードでした。

平池さん 今回の建物形状は平⾯的なアールなので、施⼯上、そこまで難易度が⾼いわけではありません。また屋根が少々せりあがっているので、若⼲、3次元的な要素はありますが、建てる側としての抵抗感はそこまでありませんでした。土台となる1階部分はRCで、RC部分にもアールがかかっています。

この会館が建てられた2013年は大規模木造建築の黎明期でした。建築業界では防耐⽕基準を満たす⽊造部材や⽊質建材の開発が進められ、竹中工務店でも、耐火集成材「燃エンウッド®」の実用化をすすめていて、2件目の採用プロジェクトでした。お二人は大規模木造建築の最先端技術をこの会館に惜しみなく投下していきます。

白波瀬さん わりと全部大変でした。時間が限られるので、材料を開発しながらできあがったらすぐにこの建物に反映するようなものだったのでそのスケジュールが大変でした。「はじめてやること」が多くて、試行錯誤が多かったです。技術開発を行いながら、プロジェクトのスケジュールも気にしながら。

平池さん 燃エンウッドに関しては現しの構造体です。これを地上躯体工事中、コンクリートを打ったり、常にさらし続けるので汚れるんですよね。それらからこの現しの部分を守り続けなきゃいけないのでそれがすごく大変でした。

左の壁面はコンクリートだが、お二人のこだわりにより木材に見えるRC外壁に。

平池さん また、外壁の両脇はコンクリート打放しの壁なんですが、そこも⽊⽬の柄がついています。型枠に杉板を貼って、杉板の⽊⽬模様を転写しています。杉板は焼き杉を使ったのですが、それひとつとっても、白波瀬と試作品を「これでええよね?」といちいち確認しながらつくりました。
試作を重ねながらたどり着いた構造体なんです。コンクリートも。いい転写が出来たとおもいます。色も黒ずんできていい色になっています。

白波瀬さん 内装でもかなり木を使っていきましょうということはあらかじめ決めていました。できれば、組合員さんが見ても新鮮に感じる木の味わいが欲しいと思っていました。もちろん、木に興味のあるひとが来てくれたら「こんな木の使いかたもあるんだ」って感じていただけるようなアイデアをデザインの力で盛り込みたかった。

1階のエントランスから吹き抜けを見上げる。内装と外の軒下の木目が揃っているところからもデザインにこだわりある木質空間であることがわかる。

白波瀬さん あとはひたすら、検証と検討です。正直、この会館に携わるまで木を使うことに不慣れでした。普段の大規模建築物で本物の木を使うこともあまりなかったですから。イチから勉強した部分もあります。
この建物をやらせていただくときも、多くの材木屋さんや工場に行き、そこで見つけてきたものをアイデアとして使うこともありました。そんなことを考えながら、本当にひたすら、検証します。
木はたくさん使っているけれど、すっきりしていて、ちょっと新しくておしゃれ。そんなテイストを目指して、解像度をあげながら最終形に近づけていく作業ですね。

ひたすら木を使うだけではなく、木が引き立つように異素材もうまく取り入れる。エレベーター前のボタンはスギの一本柱を採用。

白波瀬さん 不必要なところにやたらと木を使う必要はなくて、同じように木を並べていったらせっかくの木が引き立たなくなってしまう。背景とオブジェクトのコントラストによって、そのふたつが同じ素材だとしても、見えかたや価値が変わるように。この建物では、建物を支えている木造の構造フレームをまず力強く際立たせたかった。
そのことを妨げないように適材適所に木の仕上げやマテリアルを組み合わせて、材木屋さんの建物だと実感できて、かつすっきり凛としたイメージを目指していきました。
構造フレームでも外に面した部分に梁があるのが一般的なのですが、そうするとどこかで見たことある「木の家」みたいになっちゃうんですね。がんばって取っちゃえと、取りましたね。

平池さん 僕らというか構造設計者が取りました(笑)

現場の作業員が帰ると、白波瀬さんと平池さんは、図面を広げて、ああしよう、こうしようと夜な夜な試行錯誤を繰り返していたといいます。

無理をいって、夜の密談を再現していただきました。

白波瀬さん 壁に取り付けた⽊材の⼨法をランダムにしたら「なぜ幅がちがうんだ」ってまずつっこまれますよね。幅は揃っているほうが加⼯や⼯事も簡単ですよね。

でも、木という材料は自然物で、もともと均一なものではありません。きれいに切り取られ、直線になっていることで人の手が入っているような表現になりますが、それだけだとどこか寂しいので木には少し揺らぎがあってほしい。

平池さん 職人さんととことん話し合い、こだわれるところはこだわりました。熟練した職人さん自体を集めるのも大変でした。造作大工さんという職種が高齢化してきています。「組手」ができる人は本当に少ないです。
今の建築現場の木はほとんどがプレカットですから。この現場もほとんどはプレカットで持ち込んではいますが、エントランスの耐力格子壁は、現場ですべて組手をしています。
あれを現場で加工できる現地の職人さんは限られた数名しかいなくて。僕もその技術を実際に現場で見せていただいて「すごいなぁ」と思いました。

職人が現場で組手をしたエントランス壁。
ここをつくった意味があったと思える

木材の積極的活用で日本の森林問題の解決を目指し、木をめぐるエコノミーを実現したいキノマチウェブから見てもお手本と呼びたいほど木材をふんだんに使った大規模建築物をつくったお二人ですが、使っている最中に各々の立場で社会課題を感じたといいます。

平池さん 僕はこの物件に携わらなければ、実際に木のことを学習する機会はなかったと思います。森林グランドサイクル®にしても、林業までさかのぼって、いまどんなことになっているんだろうと思いを馳せました。岡山のほうではバイオマス利用など盛んに行われていることも知って、木に携わる事業っていうのは幅広くあって、なおかつ、循環していることは自分の中で理解した上で、木を扱おうと最初から決めていました。

木をふんだんに使った建物が世の中に出回っていけば、いま衰退していきつつある林業などの産業が潤えばいいな、と単純に思いました。そこに少しでも貢献するには、まず、ここをきっちりつくらなあかんなと感じました。すると建築から、日本の国土を守ることにまでつながっていくんですね。大事なことだと思います。

白波瀬さん 林業って世界中どこでもありますよね。林業がない国のほうが少ないかもしれません。要は、与えられた国土の与えられた条件のなかで、みんな使うものが木だと思うんです。そういう意味では、絶対になくなることはないでしょう。

では「なぜ使わないの?」と聞かれると、結局、世の中の価値としては非常に難しいと思うんですね。色々なものが高度化しているというか。まずは安心安全第一ですから。そちらが優先されすぎたのが現代で、木にとって不遇の時代となりました。かといって、木が建築にとっていらないものかといえば、また別の話ですよね。

ここで、僕が日本ってすごいなぁと思うのが「めちゃめちゃ木にそっくりな木プリントシート」とか技術力でつくっちゃうんですよね。在る種の矛盾です。本物は使わないのに、本物にめちゃめちゃそっくりな木のプリントは使いたい⼈がいて売れる。これは果たしてどういう状況なのか。

そこから感じ取れる価値やヴィジュアルは、木っていうのは限りなく支持者が多いものだと思います。そのニーズを若干せき止めているとすれば、経年変化があることや、プリントなど「木っぽい」ものが手軽に手に入る時代だからかもしれません。本物の木がもっと簡単に手に入るようになれば、もしかしたらもっと使ってくれるようになるかもしれません。ホームセンターで売っている合板などはみんな喜んで買って使っているので。一般の人たちでも手に取れるところに良い木が流通していたら、木を選んでくれるようになるかもしれません。生産者と消費者の間に隔てているなにかがある気がして。

ここの会館は、思い切りやらせていただきました。その結果、木を使いたいひとたちがここによく訪れてくださって「木ってこんなふうに使えるんだ」と理解していただける。ここをつくったことはすごく意味があったなと思います。

久しぶりにここを訪れたというお二人。リラックスした取材が出来たのも木質空間のおかげ。かも?

この会館の周辺は、かつて大阪の木場として栄えていました。今その面影はなく、ビル・マンションが建ち並ぶ、住むためのまちになっています。しかしこの会館を建てる際、あたりを掘ると木材を運ぶための護岸をつくった石がゴロゴロ出てきたといいます。そんなまちの⽂脈を感じながら建てられた⼤阪⽊材仲買会館は、設計者や施⼯者が「このまちの⾵景になったらいい」と願い、桜の⽊を守り、⽊の存在感を現代にマッチさせる匠の技術をこの建物に盛り込みました。材⽊のまちの⾯影をここに刻むように。

今は現代的なまちに目立つアイコニックな建物ですが、これから木造のビルがこの周辺で増えればまた自然な「まちの風景」になる気がします。山に、木が立ち並び、やがて森になるように。まちにも木の建物で森がつくれるのです。

木造建築はコンクリートで建てるビルよりも、少しだけ自然に近くなると、お二人はお話をしてくださいました。建築という行動は、建物を必要とする個の要求だけでなく、集団で 生きる人間の社会的な行動とすれば、木造建築はこれからの社会で 積極的に選択していくべき手段の一つだと改めて思いました。

photo:酒谷薫 Text:アサイアサミ

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