ご無沙汰しております。新たな年が明けました。
昨年は大変な年でした。通常とは異なる対応を余儀なくされたことが多々ありましたが、それでもキノマチ編集部に着任した僕が、森林をより身近に感じようとする活動として10月に大分県日田の田島山業さんの山に入ることができました。
そこは、ひとと自然が絶妙にバランスし、草木が茂る土壌の境目からは湧水が流れ出すような生命力にあふれる美しい森林空間でした。その記憶に刻まれる体験を『森林のテロワール』として前回のコラムで紹介しました。
実はそれだけでは実態を伝えきれていません。心地よい森林テロワール空間を体感したのは訪問行程の2日目のことでした。その前日、到着した日田の山林では別の光景を目の当たりにしました。それは崩壊して土肌が剥き出しになった斜面、崩れ落ちた林道、自然の脅威の側面です。
これらは昨年7月の西日本大豪雨、自然災害による爪痕としての斜面崩壊の現場です。なぜこんなことが起こったのか、もちろん記録的な豪雨、降水量が最大の理由ですが、それを天災の一言だけで片づけてしまうことにはやり切れないもどかしさがあります。
少しでも今後の対策に意識を向けようと訪問した方々とその後、被害の要因といえそうなことを調べていくと「土中環境」という考えかたに辿り着きました。それは聞きなれない言葉だと思いますが『土中環境』(高田宏臣 著)には次のように書かれています。
第3章 暮らしを支える海・川・森の循環
健全な水脈環境が育むいのちの循環水が大地に浸透しなくなって地下水の動きが衰えると、岩盤の崩壊は加速していきます。
通気してしっとりとした湿潤を保つ本来の岩盤は、亀裂に張り巡らす樹木の根と菌糸が絡んだ状態で安定して保たれます。そして、また、菌糸を伝う毛細管現象によって水分が保たれ、いのちの営みも湧水も継続し、根も枯れることなく保たれます。それがひとたび乾いてしまうと、それまでつながってきた菌糸のネットワークも途切れ、岩盤の亀裂の菌糸も樹木根も短期間で枯れていきます。そうなるとますます上部森林は衰退し、同時に海底湧水の枯渇、海水の汚濁、漁場の崩壊につながっていきます。海底湧水と海水のぶつかるところはキラキラと輝くように美しく、訪れる人を魅了します。そこがいのちの生まれる要の場所であり、人は生き物としての本能から、こうした正常な循環が営まれる光景を美しいと感じ、安らぐのではないでしょうか。水を通してすべてがつながり、営まれるのが生態系の循環です。守るべきものは、こうした循環を支える健全な水脈環境。それを支えるのが豊かな森の環境だということ(略)
なにか、視界が晴れた気がしました。
海と山ははるかに離れて存在する対極の地のように感じてしまいますが、実は両者は川や地下水を通じてネットワークを形成し、一方で地上と地下で区分けされる森林と土壌も水や空気や菌糸類を介して循環し、つながっているんです。
そしてそれらを湛えて涵養された土中環境が、健全な土壌を形成する基盤となる。しかし、その生態系が何かの理由で崩れ、あるいはせき止められ、分断され、循環が途切れたところから土中環境の健全性が損なわれていき、通気性や水の浸透性が妨げられた斜面は不安定になり、豪雨などがきかっけで崩れやすくなっていく。
さて昨年の10月に開催されたキノマチ大会議ではまず、DAY-1で大断面集成材の活用や自動加工といった僕たちにとっては身近かな木造木質建築の周辺から議論が始められました。DAY-2、3では「地域産木材の活用」や「暮らしから始めるキノマチ」、DAY-4が「森林産業の創出」、と繋いでいって最終の5日目には森に入ることはいのちとやりとりすること、人間の感性を取り戻すきっかけ、生命の起源への回帰、といったような議論へと広がっていきました。
キノマチ大会議でそのような話に帰結していったことは著作『土中環境』の「大きな海と森の生態系の循環は土壌環境の健全性の源であり、古くからある共生のまなざしを忘れてはならない」というメッセージと重なりあい、自然な流れだったような気がしています。
さらに地盤が崩れると当然のこととして林道は埋まってしまう、あるいは林道そのものも消える、ということで現実問題として物流、ここでは木材の流通が滞る。林道はトラック道と作業道に分類されるとのことですが、田島山業さんの場合にはヘクタールあたりの作業道長さ(メートル)が250メートルと日本の平均的林業の4メートルに比べて桁違いに密に整備されていることが逆に仇となって被害が広がってしまったともいえそうです。(『断固、森を守る』(田島信太郎 著)より)
近年、気象変動の影響もあって昨年の熊本集中豪雨のような状況がまたいつ、どこで発生するかわからない。そのたびにこの物流の要である林道が機能不全に陥っていては林業の活性化、国産材の利用拡大など望むべくもありません。そのような状況にあってこの地中環境と林道に関する議論は大きなテーマだと考えています。
すみません、年始早々、重たい話になってしましました。そういえば、日田駅に立ち寄った際に「あなた自身のI(愛)でHITAをおつくり作り下さい」、との説明のある撮影スポットを見つけました。
内陸地域で、一日の寒暖の気温差が激しく、台風の通り道で降雨量も多い、といった厳しい自然の中で生活している日田の方々だからこそ、このようなユーモアのある発信のアイデアが生まれたのではないか、そんな思いがこみあげてきました。そしてHITAを形作る木製のオブジェの舞台に立ち上がった時に何故かピノッキオを思い出しました。
(語り手)キノマチウェブ編集長
樫村俊也 Toshiya Kashimura
東京都出身。一級建築士。技術士(建設部門、総合技術監理部門)。1983年竹中工務店入社。1984年より東京本店設計部にて50件以上の建築プロジェクト及び技術開発に関与。2014年設計本部設計企画部長、2015年広報部長、2019年経営企画室専門役、2020年木造・木質建築推進本部専門役を兼務。