木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

2023.01.06
国内初の耐火木造大型商業施設「サウスウッド」は、地域会社がまちを想う気持ちから生まれた

2013年、日本国内初となる耐火木造の大型商業施設「サウスウッド」が横浜市都筑区にある横浜市営地下鉄「センター南」駅前にオープンしました。

今でこそ、木造の良さが見直され、技術革新を経て大規模な木造建築が数多く計画されていますが「サウスウッド」が着工した約10年前は、防火地域にこのような大規模建築を木造で建てることはなく、ほとんどが鉄骨造でした。

商業施設間の競争の激しいこの地区で「木造化」を導入したプロジェクトを振り返り、大規模木造建築の黎明期を知ることで、木造の意義を今一度探っていけたらと思います。

現在のトレンドとニーズを10年前に叶えた耐火木造大型商業施設

「サウスウッド」は、まちの第一印象ともいうべき駅前ポジションに建ちますが、大型でありながら圧迫感がないのが印象的です。

駅前広場に面した建物は全面ガラス張り。2〜4階の主架構(柱、梁)に採用した、おなじみ1時間耐火の集成材の構造体「燃エンウッド®」の連なりが美しく見て取れます。

建てている最中の写真(写真:勝田尚哉)
竣工当時(写真:勝田尚哉)
そして現在。駅前からサウスウッドを望む。各所にあるエントランスは開放感があり、1階路面店はテラスを利用するなど、街に開いた商業施設の印象。
1階中庭は吹き抜けになっていて、大型商業施設でありながら自然光が取り入れられている。写真奥は駅と反対側のエントランス。回遊性も高い。

構造体が現しになる燃エンウッド®の良さを十二分に生かした内装も、各テナントの個性や思いを伝えるマテリアルとして機能しています。

「Italian Kitchen VANSAN」の店内。

燃エンウッド®柱・梁の存在感が印象的な飲食店は、木の構造体を生かすべく、他店舗よりもナチュラルな素材をふんだんに使ったそう。自然に調和したやわらかなインテリアが、落ち着いた客層とマッチして人気店に。

「Land of masterwal」店内。
竹中工務店が開発した9メートルスパンの燃エンウッド®梁。

ウォールナット材をつかった家具を中心に展開するインテリアショップの木のあしらいは、このために設えたかのようにフィットしています。無垢材の注文家具を求める方のニーズに合うインテリアを提案することができます。

このように、見て触れる木の構造体=燃エンウッド®のあらわしが、多種多様なお店ごとにさまざまな役割を担っています。もちろん「建物を支える」「燃やさない」を大前提に。10年前に建てたとは思えない、現在のトレンドとニーズに応えた商業施設だと感じます。

まるで、今の木造新時代を予見したかのような「サウスウッド」は、どうして木造という選択肢を選んだのか。当時からサウスウッドに関わる、横浜都市みらいの稲垣裕一さんと脇秀行さんに当時のお話を伺います。

ここに住むひとのための商業施設は、木で支えたい

(左) 稲垣裕一 Hirokazu Inagaki
神奈川県出身。1997年港北都市開発センター(現・横浜都市みらい)入社。同社の各商業施設の運営管理に従事、各施設の館長を歴任。2012年サウスウッド開業プロジェクトに関与、2013年サウスウッド開業から2018年まで館長就任、2021年より営業部長を務める。

(右) 脇 秀行 Hideyuki Waki
神奈川県出身。SC経営士。1997年港北都市開発センター(現・横浜都市みらい)入社。2013年のサウスウッドの開館当時から営業部にてサウスウッドの運営管理業務に従事する。主な業務としては、テナントの運営管理、既存テナントとの契約交渉、事業収支の管理等を担当する。2018年からサウスウッド館長を務める。

「サウスウッド」の運営をする会社、横浜都市みらいは、港北ニュータウンを中心に、商業施設の運営、地域冷暖房事業、そして地域活性化支援など地元に根付いたまちづくり会社。

90年代後半まで、現在サウスウッドが建つセンター南駅前周辺は商業施設がほとんどなかったといいます。そこで暫定的に「パルスポットセンター南」という商業施設がつくられました。

しかし、あくまで暫定的なものという位置づけであり、このまちに合った商業施設をきちんとつくりたいという思いから「サウスウッド」の構想がはじまりました。

港北ニュータウンが栄えると同時に、90年代後半から00年代は大型商業施設の出店ラッシュがはじまります。「サウスウッド」を建てる2010年代にはあっという間に周辺地域はオーバーストア状態に。

稲垣さん 都筑区全体を見渡すとすでに商業施設はオーバーストア状態で、既存の商業施設と競合するための施設を、地域密着でまちづくりをしてきた当社がつくっていいのかと思いなおしました。地域とともに歩んできた企業として、地域に貢献できるような考えが重要ではないかと」

地元に貢献できる差別化とはなにか。港北ニュータウンは自然を生かしながら開発された地域であり、その延長として環境に配慮した街に森をつくるイメージでまちができていました。その森の中に在る木のように、木造による商業施設はどうだろうと、計画するようになります。

稲垣さん「当初の計画では高層化などもありましたが、館そのものに魅力あるコンセプトをもたせることで、良質なテナント様を誘致し、集客力をあげ、事業採算性で低層でもやれる施設をつくろうと考えました。合理性や利便性だけでは、魅力あふれる商業施設にならないと感じました

当時を振り返る稲垣さん。

住民のための大規模木造商業施設への挑戦

それは、この地に根付いて地域の仕事をしてきた、横浜都市みらいならではの決断。ただ単に合理性や経済性だけを追求したものでは感度の高い住民の心は動かないとわかっていたのです。

しかも木造新時代前夜の2012年。商業施設に必要な9メートルスパンの燃エンウッド®は開発途中。「サウスウッド」の木造化は一度諦め、鉄筋コンクリートの構造体に集成材を「貼る」木質化で話が進んでいました。

稲垣さん 当時、竹中工務店の燃エンウッド®が実用化するかしないかの瀬戸際でした。でも私たちは、コストはあがりますが、やはり木造でやるべきじゃないかと。そのような最中に商業施設の構造体に使える竹中工務店の燃エンウッドの開発が加速し、大断面の柱と梁に採用することができました。

商業施設をつくるとき、一般的に、効率を考えると、全面壁にしてお客様に施設内を回遊していただくほうが管理面でも効率的なんです。でも「サウスウッド」はあえて、ガラスにして駅前を明るく照らしたいと思いました。建物の中は明るいけれど建物の周囲は暗いという建物にしたくなかった。

なにより、構造体である燃エンウッド®を見ていただきたい、という気持ちもあって。ここに住むひとのための商業施設が木で支えられていることを見てほしかったんです

現在「サウスウッド」の館長をつとめる脇さん。

脇さん 駅前広場の中心に建物を建てさせていただくので、まちを分断するようなイメージではなく、地域の風景となり、多くのかたに集っていただく施設になって欲しいと思いました。新しいかたちの商店街として、まちに溶け込んだオープン型の商業施設というコンセプトでもあります。

都市開発とひとくくりにできない「サウスウッド」が提供してきた価値

思いがカタチになった「サウスウッド」は、ぬくもりある駅前のランドマークになりました。木というマテリアルでできた建物には、老若男女さまざまなひとが集います。まるで、もうひとつの「家」のようにくつろいでいる様子が印象的です。

脇さん 港北ニュータウンは、緑道を骨格としたグリーンマトリックスシステムに代表されるように、緑の自然環境を最大限に保存するまちづくりとなっています。

その中心となるセンター南駅に、国内初の大規模木造商業施設であるサウスウッドがあることは、この街の住環境が自然豊かな環境であることを象徴する存在になっていると感じています。

また、地域の住民の皆さまに対しても、お買い物、お食事そして習い事等をする場として、木の温もりが感じられる空間を提供できることで、日々の生活に少しでも安らぎの時間になることを願っています。

稲垣さん サウスウッドの木の構造体を眺めたり、実際、香りをかいだり、触れてみると本当に森林に入ったような気持ちになり、木の持つパワーを私自身もこの施設で感じます。

また個人的に木造の洋館が好きでたまに見に行ったりしています。洋館も古くなるほど木の存在感を強く意識させてくれます。人に何かしら安らぎを与えるのはコンクリートとは違うのかなと思うんです。

家具でも植物でも身近に自然を感じさせるものを置くことは、地球環境を考えることにもつながり、人にとって大切なことであると強く考えます。

環境に配慮したSDGsの考えかたが浸透し、持続可能なマテリアルとして見直されている木を使った大規模建築を「国内初」という大英断で建てたのは、地域への深い理解と愛情から。

木造とは、ひとの思いがカタチになったものだとお二人のお話を伺って強く感じました。そして、人にまちにやさしい居住空間の提供は、建設産業や林業の発展を促し、自然環境の保全に貢献しました。

とはいえ、10年目を迎えたサウスウッドの集成材は経年変化が現れ、ひび割れや色褪せなど、鉄筋コンクリートの建物とはちがうメンテナンスが必要なんです、と稲垣さんと脇さんは苦笑いで教えてくれました。それでも「自然のものだから」とあくまで前向きに、この建物と向き合っています。

ニホンのまちの風景に、木がたくさんつかわれる未来は、予感から確信になりつつあります。

Text&photo:アサイアサミ(ココホレジャパン)

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