2023年4月、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の新学部、サステイナビリティ観光学部が発足しました。サステイナビリティと観光にはいったいどんな可能性や創造性が秘められているのでしょうか。期待が膨らむ学部のスタートにあたって、新しく創った学び舎「Green Commons」(以下、グリーンコモンズ)に採用した素材は、地産地消の「木」。
なぜ、今APUが新教学棟の開設にあたって、木造建築に着目したのか。竹中工務店と一緒に創りあげた「グリーンコモンズ」ができるまでの物語をシリーズでお届けしていきます。
第1回では、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)やサステイナビリティ観光学部の特性や魅力とともに、地産地消の「木」を用いた新教学棟「グリーンコモンズ」の誕生について、李学部長に伺いました。
第2回では、「新しい学校施設の考え方」にフォーカスし、新施設の立案から構想、完成までのプロセスを最もよく知る、学校法人立命館総合企画部長の太田猛さんに、木造校舎を建てるに至るまでのお話を伺いました。
今回は、グリーンコモンズの設計担当をした竹中工務店 大阪本店設計部の金井里佳さん自身に設計に必要だったことについて語っていただきます。
(プロフィール)
金井里佳 Rika Kanai
兵庫県出身。2018年九州大学卒業。2020年九州大学院修了後、竹中工務店入社。現在、大阪本店設計部所属。
木のコミュニティづくりの取り組みに携わった学生時代
わたしは、大学・大学院の6年間を福岡県で過ごし、修士論文ではAPUを調査対象のひとつとして国際寮の建築計画について研究していました。竹中工務店に就職して、APUの新たな学び舎づくりに携わることになり、ご縁を感じています。
学生生活は、大学キャンパス周辺の空き家改修を行う学生団体(糸島空き家プロジェクト)に参加していました。地域の方とのワークショップを通した設計プロセスや自分たちの手による施工、空家改修の建設プロセスを通じた林業体験、地元の大工さんとの焼杉体験など、地域に触れながらコトづくりを含めた設計を学んでいました。
このように、学生時代から木と親しみ、建物を「参加型デザイン」でつくり学んできた私は、竹中工務店に入社し、2年目よりAPUの木造校舎プロジェクトに参加することになりました。どのようなプロセスを経て『グリーンコモンズ』をデザインしてきたのかご紹介できればと思います。
APUプロジェクトの参加型デザインプロセス ~3つのステージでのワークショップ~
「参加型デザイン」とは学生・教職員・卒業生・地域の方々との議論や体験を通したデザインプロセスのことを指します。
APUの『グリーンコモンズ』では、APUの第2の開学を契機とした、新たな学びの場の実現のために、学生時代の経験を活かし、1.計画段階、2.建設段階、3.利用段階に分けて参加型デザインに挑戦しました。
1. 新たな学びの場を実現する参加型デザイン(計画段階):課題点のヒアリングや参加者・設計者による提案に対する議論を通した今までにない新たな学びの場の立案
2. 学びのきっかけ・地域を巻き込むきっかけを生み出す参加型デザイン(建設段階):木造の建設段階の一部に参加してもらうことによる、学びのきっかけの創出
3. 竣工後も継続的な参加や学びを生み出すしかけを持つ参加型デザイン(利用段階):竣工後の継続的な地域との関わりを生む新たなキャンパスの構築
学生時代は、プロジェクトの規模が小さいことや、自分自身が当事者であったことから、計画段階と建設段階がメインの活動でした。しかし、ゼネコンの一員となり関わる物件の大きさが変化し、この2つにさらに深く取り組むとともに、利用段階のような、社会課題に対するデザインまで手を広げることで、学生時代の経験をさらに深めた設計に取り組むことができました。
企画から、竣工後までモノづくりのすべての過程でプロジェクトに関わることができるというゼネコン強みによって、今回のプロジェクトが実現したと感じています。
また、参加型デザインを通して、愛着を醸成することで多様な価値観が共存する新たなキャンパス実現のための土台をつくり、地域・世界を変える人を育てるAPUのサステナブルな教育の仕組みづくりを実現させることを目指しました。106か国・地域の多様な学生と、職員からなるAPUらしさを加速させる新たな学びの場、竣工後の学びのサイクルを生み出すプロセスデザインをご紹介します。
1. 新たな学びの場を実現する参加型デザイン(計画段階)
APUではグループワークによる多様な個性同士の議論をベースに学びが展開されており、授業の進め方に特徴がありますが、他に例のないAPUの特長を引き出す触媒として新棟には新たな学びを生み出す教室、授業時間以外の学生の居場所、研究を加速させる新たな研究交流空間の実現が求められました。
そこで、教室(計6回)、コモンズ(共用空間)(計4回)、イノベーションリビング(教員研究室前交流空間)(計4回)の3つのワークショップを通して計画を進めていきました。
教室は、活発な議論をベースとするAPUの学びを発信するオープン・クローズのギャラリーを持つ2層吹抜のアクティブラーニング教室、1,2,4,8人の組み合わせを変化させることのできる新規開発什器とICT機器の掛け合わせにより多様な議論が可能な馬蹄形教室など、すべての教室をグループワークベースにて計画しました。
グリーンコモンズの中心にある木造部分のコモンズは、レイアウトの可変性を持つ飛び箱ユニットや発表ブース、スロープを内包する大階段コモンズ、空間の高さ・広さが異なる3つの特徴を持つCOZY Commons、ホワイトボード・地域材展示ユニットにより情報発信が可能なSATOYAMA ギャラリーなど、多様な居場所を木造3層吹抜空間が包み込みます。教室棟のコモンズでは、ジェンダーへの問題提起の場となるオールジェンダートイレも計画しました。
学生・教職員との、APUらしい学びに対する議論から選択可能な場のデザイン・多様な個性同士の議論を通した学び・多様なアクティビティを包摂する木造コモンズを実現しました。
議論を通して学生教職員の方々とお互いの意見を更新しながら、時代変化に耐えられる柔軟性のある計画を目指しました。
2. 学びのきっかけ・地域を巻き込むきっかけを生み出す参加型デザイン(建設段階)
建設段階のプロセスを“学び”と“地域との接点づくり”のきっかけとし、地域に開かれたキャンパスを実現するために学生教職員への意見収集だけではなく、地域の方も含め、実際の体験を通じたワークショップを実施しました。
学生の半数が留学生のAPUにおいて、国際的な学びに目を向け、木のトレーサビリティに関するFSC国際認証を取得しています。トレーサビリティを学ぶため、苗木育成から伐採・流通まで行われているFSC認証林である九州電力の森の見学を実施しました。
新棟内のデザイン壁の計画にも体験を通したデザインに取り組みました。多様な個性が互いを認め合うインクルーシブな学びを象徴する、個性あるピースの集合からなる木片アート壁を作成しました。切断の際、押す時に力を加える西洋の道具、引く時に力を加える東洋の道具、それぞれの文化の違いを比較しながら国際学生によりピースを切り出しました。また、学内のみならず学祭(天空祭)において子供たちも含めた地域の方々により木片ピースの切り出しを行いました。
また上棟式では、日本の文化である餅まきを国際学生に体験してもらうことで建設プロセスを通した学びを実現しました。
体験を通じて文化の学びへと繋げるとともに、地域の方々がキャンパスへと関わるきっかけを与え、地域とともに世界を変える学生を育てるサステナブルなキャンパスを実現しました。
3. 竣工後も継続的な参加や学びを生み出すしかけを持つ参加型デザイン(利用段階)
竣工後も将来にわたって教育の場、地域に開かれた場となるように可変性・拡張性のあるデザインへ取り組みました。
切り出し体験をもとに完成した木片アート壁は空きパーツ部分を持ち、今後切り出されたパーツも付加可能なしくみを持たせました。
オールジェンダーのサインは「みんなで使い方を考えよう!」というメッセージをベースに行為を表すアイコンを付加できるしくみとすることで、利用者が場所の意味について考えるきっかけを与えることを意図しました。
各コモンズは、アンケートにて場所の愛称を決定し、それぞれの場所に竣工後設置可能なベース板サインを設置することで、竣工後の参加の余白を計画しました。
周辺地域の課題解決、多様性を試す実験場としての学校建築へのチャレンジ ~地元に自生する竹の活用~
新棟の建設を通した地域課題の解決を実現するため、大分県の別府に豊富に蓄積する竹を用いたデザインにもチャレンジしました。木造3層吹抜空間を包み込む別府産の竹手摺・地下ピットにて湿度を調節する竹炭チップ・屋外広場の地域の間伐材を活用した木インターロッキングなど、その土地ならではのデザインに取り組みました。竹手摺においては、キャンパス付近の竹職人さんに編んでいただき、実際に工房を訪れ会話することにより設計を進めました。
自身の大学時代の卒業設計においては、地域の文化に根差した素材・工法活用を通じた設計に興味をもち、取り組んでいたため、大学での学びと社会での実践が結びついた瞬間でした。
多様な個性が学ぶAPUの学びをより加速させる補色によるアクセントカラーの計画
内装の計画においても、ワークショップにおける意見を起点に計画を行いました。APUの教育は多様な個性が議論をベースにまざることで学びを深めるという特徴を持っています。グループワークを通した動きのある学びに対して、既存校舎はホワイト・ベージュ調の単調な色味の教室であり、よりAPUらしい学びを深めることが求められた新棟においては、色や素材に着目した計画が求められました。
互いの個性を引き立てあい、ちがいから新たな気付きを得る学びの場を促進するデザインとして、フロアごとに設定した補色の2色と木素材によるサインデザインを、構造から壁色・床パターン・内装・家具に至るまで展開しました。
木は、教室サイン、什器、カウンターなど手に触れ感じることができる部分に活用することで、学びの場全体に展開しました。
補色は、常に2色が目に入る構成とし、教室-廊下-コモンズ全体へと派生することで、正課(教室)と課外(コモンズ)の学びを繋ぎます。さらに、フロアごとに設定した赤・緑(1F)、黄・紫(2F)、オレンジ・青(3F)のカラーは木造吹抜空間にてすべてが混ざり合い、多様な個性が学ぶ場を体現するデザインとしました。
ジェンダーに対する問題提起となるオールジェンダートイレ(インクルーシブレストルーム)においては、性別や身体的特徴からではなく、行為から場所の意味を問いかけるデザインとし、多様な個性・使いかたを包み込む場を計画しました。また、利用者皆で継続的に使い方を考え、サインを付加できる仕掛けにより、竣工後も学びを生み出し続ける場としてのレストルームを目指しました。
おわりに ~設計者の手を離れて成長するGreen Commons~
今プロジェクトは、工業製品をベースとした建築ではなく、地域産業まで踏み込んだ提案を実現しました。学生時代からの学びや思い描いていたことを実務へと展開できたと感じています。ワークショップにおいて意図していた使いかた以上に、実際に使いこなしてくださる学生の方々を見た瞬間の感動は忘れられません。それは引き渡しの時から手を離れ成長してゆく『グリーンコモンズ』を目にした瞬間でした。
今後も建築の設計・建設行為に加え、その前中後にあるプロセスも丁寧に紡ぐ設計に取り組むことで、世代・時代を超えて愛される建築の実現に取り組んでゆきたいです。