木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

こんにちは。気がつくともう5月。新しい環境に馴染んだ方々も多いのではないでしょうか。

私も広報の仕事を始めて今年で10年目になりました。振り返って今、広報の仕事の究極の目的は?と問われたら、それは社会がよりよい方向に進むようにメディアを通じ、現実をことばや画像で伝え、それに関心をもった個々人の行動変容を促すこと、ではないか、と思っています。

書籍なども広報の一手段、メディアのひとつといえると思いますが、最近、私に行動変容を促した、一冊の書籍がありました。それは世界的建築家の隈研吾氏による岩波新書の「日本の建築」。

これは日本建築をその歴史や世界との関わりから見据えた壮大な思想を展開した作品です。今や日本で木造建築といえば真っ先に名前があがる隈研吾氏の原点について「バブル崩壊と木造との出会い」の小見出しで以下のように書かれています。

「その何も仕事がなくなった僕に、高知と愛媛の県境の町、梼原町に遊びにいかないかという
誘いがあった。梼原は「土佐のチベット」と呼ばれるような山奥で、南国土佐にあるにもかか
わらず、十一月から雪が降るというのである。そこに戦後すぐに建った木造の芝居小屋があっ
て、それが壊されようとしているので見に来てほしいというのである。
 空港から四時間かかって辿り着いたその芝居小屋は、想像以上にすばらしい建築であった。
まず、木の細さに驚いた。150人収容の劇場空間はそこそこの大空間なのだが、それを支
える柱が小さな木造住宅のように華奢で細いのである。内田から日本の木造は小径木の木造だ
と教えられたが、空間の大きさと見比べるとこれで大丈夫かと心配になるほどの細さである。
よくよく眺めれば両脇にある桟敷席に柱を建てて、二列の柱で建物を取り囲む巧みな耐震構造
となっていたのだが、細い柱は、古い住宅に案内されたような親密感を与えていた。」

四国か…。それも土佐のチベットと書かれている。でもなにかがありそう。調べると梼原町には近年、隈研吾氏によって設計された木造建築が点在し、さしずめ広域の生きた展示場のようになっていることがわかりました。

隈研吾氏の木造建築の原点とその後の発展形。これは観に行かなくてはならないな、と駆り立てるものがありました。というわけで3月の最終週に僕は高知県梼原町に向かいました。ここからはその体験記です。

高知県梼原市でキノマチ編集長の心を動かしたもの

梼原町は町面積の91%を森林に囲まれ、最大標高が1,455メートルにも及ぶ、「雲の上の町」とも呼ばれる高原のまち。

その中心地、梼原町総合庁舎のすぐ近くにそのゆすはら座はあります。実は1948年に芝居小屋として建てられたこの建物は梼原町保護有形文化財に指定された後、1995年に移築復元され、今に至っています。

近づいてみると、大規模な木造建築、特徴的な大屋根、庇周辺の装飾デザインなどの外観からも歴史ある建造物であることが一目でわかります。

ゆすはら座(1948年竣工、1995年この地に移築復元)

中に足を踏み入れてみました。まず目を惹くのは圧倒的なビンテージ感です。劇場上部の格子状の木質天井も2階の桟敷席を支える二列の小径木による柱も時代を経た自然素材だけが放つ、くすんだような、鈍い光を放っています。

一度、建物の構成部材をバラバラにして別敷地に移築されたのが1995年と聞きましたが、それから30年経っています。が、それでも目立って劣化した状況が認められないのは、維持管理のなされている証でしょう。素晴らしいことですね。

格子天井のある劇場の木質空間。
2階桟敷席を支え、耐震要素でもある小径木による列。

まさにゆすはら座は日本の伝統的な木造建築の生きた教科書でしたが、続いてその原点から派生したような隈研吾氏設計による建築群、多様な木造建築を見てまわりました。

ここから雲の上のギャラリー、梼原町役場、まちの駅「ゆすはら」、雲の上の図書館について写真とそのキャプションで簡単に紹介したいと思います。                               

1.雲の上のギャラリー

斗栱(ときょう)をモチーフとした刎木(はねぎ)構造による雲の上のギャラリー。
刎木構造のブリッジを支える木造柱を背に。

2.梼原町総合庁舎

梼原町総合庁舎
総合庁舎内のアトリウムを支える組柱と格子重ね梁。

3.まちの駅「ゆすはら」

まちの駅「ゆすはら」の茅による外壁。
まちの駅「ゆすはら」内部の丸太柱。

4.雲の上の図書館

雲の上の図書館(山の手前、右側)
雲の上の図書館内部(天井支持部材の交点は伝統的仕口)

これらはいずれも先ほどの「日本の建築」からことばを借りれば「場所と建築を繋ぐきめ細かいエンジニアリング」によって成し得た作品であって、近代モダニズムの鉄やコンクリートによる「建築を場所性から解き放つ絶縁のエンジニアリング」とは対比的な位置づけにあります。

茅、杉、桧、丸太といった自然素材の扱いや日本ならではの刎木構造、貫構造、組柱、格子梁、仕口といった伝統工法の具体的な実践例です。日本の木造建築の伝統と現代風アレンジを体感できます。まさに隈研吾氏が日本の建築として紹介した思想が反映された作品群でした。

さらに付け加えるとこの現地材であるスギ・ヒノキを日本伝統の「小径木」として用いることで地元での比較的小規模な製材工場での対応も可能となり、それによって運搬距離を短く、CO2排出量を減らし、併せて地域経済も円滑に回すことができます。そのさまは僕たちキノマチが提唱する森林グランドサイクルの四国版そのものでもあったんです。

みなさんも梼原町に一度、足を踏み入れることをお薦めすると共にキノマチウェブがこのような行動変容を促進するようなメディアでありたいと再認識した次第です。

前回のコラム

(語り手)キノマチウェブ編集長
樫村俊也 Toshiya Kashimura 
東京都出身。一級建築士。技術士(建設部門、総合技術監理部門)。1983年竹中工務店入社。1984年より東京本店設計部にて50件以上の建築プロジェクト及び技術開発に関与。2014年設計本部設計企画部長、2015年広報部長、2019年経営企画室専門役、2020年木造・木質建築推進本部専門役を兼務。

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