木のまちづくりから未来のヒントを見つけるマガジン キノマチウェブ

2023年4月、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の新学部、サステイナビリティ観光学部が発足しました。サステイナビリティと観光にはいったいどんな可能性や創造性が秘められているのでしょうか。期待が膨らむ学部のスタートにあたって、新しく創った学び舎「Green Commons」(以下、グリーンコモンズ)に採用した素材は、地産地消の「木」。

なぜ、今APUが新教学棟の開設にあたって、木造建築に着目したのか。竹中工務店と一緒に創りあげた「グリーンコモンズ」ができるまでの物語をシリーズでお届けしていきます。

第1回では、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)やサステイナビリティ観光学部の特性や魅力とともに、地産地消の「木」を用いた新教学棟「グリーンコモンズ」の誕生について、李学部長に伺いました。

第2回では、「新しい学校施設の考え方」にフォーカスし、新施設の立案から構想、完成までのプロセスを最もよく知る、学校法人立命館総合企画部長の太田猛さんに、木造校舎を建てるに至るまでのお話を伺いました。

第3回では、グリーンコモンズの設計担当をした竹中工務店 大阪本店設計部の金井里佳さん自身に設計に必要だったことについて語っていただきました。

第4回は、竹中工務店で構造設計を担当した須賀順子さんに、グリーンコモンズの構造計画と木材利用について解説いただきます。

(プロフィール)
須賀順子 Junko SUGA
設計者。株式会社竹中工務店 大阪本店設計部 構造第3部門。京都府出身。

1. はじめに

本プロジェクトは2019年12月にコンペにて竹中工務店が受注した、比較的短期間での竣工が条件となる設計施工プロジェクトでした。教室やコモンズ群を持つ「グリーンコモンズ」と、多国籍の学生が入寮する国際教育寮「AP House 5」を同時期に設計し、施工しました。

コンペ時にはグリーンコモンズは工期短縮を優先して鉄骨造で提案していましたが、設計開始直後にコロナウイルス感染症が流行したことから建物の竣工が1年延期となりました*1。これにより鉄骨造から木造に計画を変更するための時間を得て、2023年3月に鉄骨造と木造の三階建学校の校舎として完成することができました。

さて、近年の木造建物の推進の始まりは2010年施行の「公共建築物等の木材利用促進法」に遡ります。この法律は2021年に改正され、その対象に一般建物が含まれて、現在は「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」と呼ばれています。

2010年当初は、耐火関連の厳しい法律が制約となり、一定規模以上の木造建築は実現しづらい現実がありましたが、2015年に耐火関連の規制緩和がなされ、一定の措置を行うことでこれまでは耐火建築物*2としなければならなかった木造三階建ての学校(以下、木三学)を準耐火建築物として建てられるようになりました。

グリーンコモンズは、この規制緩和を活用し設計を行いました。本建物は一時間準耐火建築物*3とするため「燃え代設計」を採用し、木の柱や梁を化粧材などで被覆することなく見せています。

*1:キノマチウェブAPU グリーンコモンズ第2回参照。
https://kinomachi.jp/5628/(参照 2024-07-26)
*2: 耐火建築物には、火事が起こったとき一定時間、主要構造部(柱や梁などの荷重支持材)に着火しないか着火しても自然鎮火する耐火構造が求められます。一定時間とは、1時間~3時間の範囲で建物の規模、階数などにより決められています。
*3: 準耐火建築物には、火事が起こったときに一定時間、主要構造部(柱や梁などの荷重支持材)が燃え抜けず荷重を支持できることが求められます。一定時間以降も燃え続けて、最終的には倒壊することが許容されています。一定時間とは45分~90分の範囲で建物の規模や部位等により決められています。

2. グリーンコモンズの構造計画

グリーンコモンズの主な用途構成は以下の2つです。

1. 新しく設置されるサステイナビリティ観光学部新設で増える学生数に対応した中・大教室
2. 先生方・学生同士のコミュニケーションを促すコモンズ空間

過ごしやすい空間を提供する「コモンズ」を木造に、大きなスパンの必要な「教室」は鉄骨造と、適材適所で材料を使い分ける計画としました。図1に示す建築計画と構造計画のパースのように、木造のコモンズを中央に、両ウイングに鉄骨造の教室棟を配しています。

図1: グリーンコモンズの建築計画と構造計画

中央部の木造架構が上棟した時の様子を写真1に示します。比較的大きい断面の柱や梁で構成していることがおわかりいただけると思います。

写真1: 上棟した木架構

さて、「コモンズ」は写真2のような大きな吹き抜けを持つ広々とした空間と、写真3のような階高が低めの自宅にいるような空間が計画され、加えて教室が配される鉄骨造部分にも、インクルーシブレストルームと呼ばれる多目的に使えるトイレや、その周辺にデスク付きの小さなニッチ空間を設けるなどして、1つの建物として様々な形の学生の居場所を提供しています。

写真2: グリーンコモンズステージ
写真3: グリーンコモンズ内のCozy Commons

一般的な木造では、柱と梁はピン接合という簡易な接合として建物の重さを支え、地震力に対しては構造用合板や最近では直交集成板(CLT)などの耐震壁を用いて設計します。しかし、コモンズ空間では視線が程よく抜ける空間が相応しいと考えられたので、耐震壁を用いない見通しの良い柱と梁の構造を検討し、その仕口(接合部)に、グルード・イン・ロッド(以下、GIR)という金物を採用しました。

GIRを図2のように用いて柱と梁を接合し、半剛接仕口をもつラーメン架構として地震力に対して設計しました。ホームコネクターは、図3に示すような中空ボルトを、接続したい材料同士の間に設置して接着剤で固定する工法です。

手順として中空ボルトに接続された枝管から接着剤を注入し、最初にボルトの中空部に接着剤が充填します。次にボルトの先端から接着剤が出てきて、ボルトと木の隙間に接着剤が充填され、最後に枝管の脇から接着剤が出てくることを確認して注入を完了する仕組みとなっています。

図2: GIRによる柱と梁の接合模式図
図3: ホームコネクタ―接合の模型

3. 大分県産スギ材による木造化

木造化にあたって、採用樹種の検討を行いました。図4に日本各地の森林の主な樹種分布を示します。東日本はカラマツなどのマツ系の樹木が多く分布しているのに対して、西日本の森林はスギやヒノキが主体です。そして大分県の森林の大半がスギであることがわかります。

図4: 国内森林の樹種の分布

スギは、カラマツやヒノキに比べると強度が低めで、かといって必ずしも安価ではなく、また乾燥させにくい材料で、今回のように少し規模が大きく、柱や梁に高い強度や剛性が求められる建物では、構造設計者が敬遠しがちな材料です。

しかしながら、「脱炭素」の側面からは国産木材利用であっても運搬時の排出CO2を最小とし、また地域の活性化にも役立つ地産地消とすべきです。その観点から、今回は、大分県産材のスギを用い、図5のように製材、集成材の製造、加工をすべて九州内の同一森林圏で行いました。

図5: 使用したスギの運搬経路

カラマツなどで設計するよりは、柱や梁が一回り大きい断面になっていると思いますが、現地に行っていただくと、それがかえって空間に安定感を与えていて、柱が適度に周辺からの視線を遮ることで写真4のように落ち着いた空間を作り出しているのを感じていただけると思います。

写真4: 柱が作り出すコモンズ空間

さて、建築主であるAPUは地域での産学連携に取り組んでいて、その連携関係から九州電力の出資会社の九州林産が所有するFSC認証林*4のスギを建材として使えないかという提案を受け、FSC認証林のスギを採用することにしました。また、設計開始時は、集成材*5を中心に構造設計を進めていましたが、製材の適用も検討し、結果として主に平屋部分の柱や梁、また小梁に採用できました。

製材*6を使うことのメリットは、集成材よりも製造時のCO2の排出が少ない点にあります。また、出来上がった建物では、迫力のある無垢材の柱が空間に力強さを与えます。一方で製材のデメリットは、割れが生じやすいことです。特に断面が大きい年輪の中心を含む製材(芯持ち材)は、建物が建った後も1~2年の間に乾燥による割れが生じやすく、また割れを基点に木材が反るという欠点があります。

今回の燃え代設計では、万が一の火事のときに、幅の広い割れに火が入りこんで木の柱や梁が燃えやすくなると、耐火性能に支障をきたす可能性があり、割れの発生を抑える対策ための特別な工夫が必要でした。

*4:適性に管理された森林に与えられる認証。 認証は自主的に取得するもので、独立した第三者認証機関による審査の後、規格を満たしたと判断された場合に認証される。
*5:木材をおよそ3センチ厚のラミナと呼ばれる切り板に製材し、それらを同一繊維方向で接着させて貼り合わせた木質材料のこと。今回は3階建部分の柱や梁に用いています。
*6: 森林から切り出した丸太を鋸で挽いたまま使う角材や板材のこと。今回は柱や梁に用いています。

4. 設計者として大事にしたこと

スギ材を用いて、木造ラーメン架構で建物を設計するために、特に製材について曲げ剛性(曲げにくさ)や強度が明確な材料を採用するなどして、建物の構造の品質を確保することにこだわりました。

集成材は農林規格(以下、JAS)で強度区分が定められているので、強度のばらつきが小さいですが、製材は節の数の違いなどで1本1本の強度がばらつきやすいことから、機械で計測し強度区分を決定する機械等級材を採用しました。

さらに建設後の木材の割れを少しでも抑えるための工夫として、高周波・蒸気複合乾燥を採用しました。この乾燥方法は、高周波で木材の断面の中心部を、外周部より高い温度にすることで、乾燥させにくい木材の中心部を乾燥させることができる手法です。

今回は大分県内の(株)日田十条という高い乾燥技術を持つ工場にお願いすることができました。木材の伐採からこの秋で2年半あまりが経過し、大きな割れが入った製材はほとんどなく、非常に良い状態を維持しています。

次に、前述した柱梁仕口(接合部)に採用したGIR接合の、グリーンコモンズでの使い方について紹介します。この接合で用いるタイプの金具は、国内では複数社のメーカーが取り扱っており、各々が独自の形式のGIRを製造販売しています。その中で集成材・製材を問わず適用でき、なおかつスギ材を用いた実験・実績が豊富なホームコネクターを採用することにしました。

ホームコネクターは大分大学が中心になって開発されたGIRで、木材に続いて大分県生まれの接合技術の採用となりました。また、今回は柱や梁を150ミリ幅に統一して、図3のように必要に応じて木材を2本もしくは3本を束ねて1本の柱や梁として設計していることから、部材を重ねた方向にはGIRは使わない方針として、各柱梁仕口に対して一方向のみをGIRで接合し固定した構造体として設計しています。

そのような柱仕口を、図6に示すように建物のX方向とY方向に混在させて使用することで、建物としては、いずれの方向も柱と梁で、地震力に抵抗する構造として設計しています。現地に行っていただければ、長方形断面の柱の長い辺と短い辺が、場所によってX方向あるいはY方向を向いていることがおわかりいただけます。これは完成後に感じたことですが、柱の長辺が東西南北にランダムに並ぶことで、より一層、森の中にいるような感覚を与えています。

図6: 柱の配置方向(左)と接合部の構成(右)

5. おわりに

最後に私の経歴を紹介しつつ、その経験が大いに役立ったお話をさせていただきたいと思います。入社当時からゼネコンの設計部員としては珍しく、木造に携わる機会を多く得てきました。最初の数件は主に伝統木造建物の構造設計で、自らが中心となって取り組くんだ最初のプロジェクトは既存の木造の神社のお社を免震化するプロジェクトでした。

既存建物にも補強が必要だったため、宮大工と何度も打合せを行い、可能な補強方法を探り設計をしたこととが、私の木造設計の原点になっています。このとき度重なる打合せに嫌な顔一つせず、丁寧に相談にのってくださった宮大工のおかげで、木造で建物を建てることについての探求心を大きく育ててくれました。

その後、神社の拝殿の新築設計を担当した際も、宮大工から製材の樹種、含水率、割れの発生しやすい部材のことを学びました。

例えば製材所での材料検査のときに、意匠上重要な梁部材が写真5に示すような芯持ち材で木挽きされていたことがあり、棟梁が「この部材は割れると見栄えに影響するので、芯去り材として切り出し直してください」とNGを出すシーンがありました。

また、弊社内の勉強会で、製材の乾燥方法は複数種あること、またその原理について解説してもらったこともあります。これらの経験から、今回必ず芯持ち材になってしまう大きい断面の製材に対して、割れにくい乾燥方法の採用を決断するに至っています。

写真5: 杉丸太断面と切り出した芯持ち材の断面

グリーンコモンズの2階のラウンジでは、前述の設計についてパネルなどで説明を展示しています。世界100か国以上から集まった学生に大分県産材のスギのコモンズのことを知ってもらい、また学びの場として大いに活用していただきたいと思います。卒業後に、ここで勉強したり友達と語り合ったりしたことを、木造の映像とともに思い出してもらえるのではないかと期待しています。

伝統建築と今回のような現代的な建築は、木造でも全く別のもののように感じるかもわかりませんが、材料は同じ木材ですので、共通した知識によって品質が支えられています。改めて、今回お世話になった方々、そして、これまで一緒にお仕事してくださった方々に感謝の意を表し、私からのお話を締めくくりたいと思います。

Text:須賀順子(竹中工務店)

立命館アジア太平洋大学「Green Commons」オフィシャルサイト

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